限界突破22回目

「よぉ、清水」


 僕が覚醒リョーくん2体を同時に仕留めて限界突破し、フォルトゥナが戦闘フィールドを畳んだ途端、高橋に声をかけられた。


 大きな運動量で高揚していた僕の背中に冷たい汗がはらりと流れ落ちた。


「高橋……」


 目つきが鋭い。僕だけじゃなくフォルトゥナに向ける視線も強い。いつもだったらフォルトゥナには笑顔を向けるはずが、僕に向けるものと同じ視線だ。


 ――疑いの視線。


「なぁ、清水。おまえ、どうしてそんなに汗まみれなんだ?」

「いや…………今日暑いだろ? 走ったら汗かいちゃって」

「走ったら……ねぇ」


 こんな偶然があっていいのだろうか。僕が戦闘を終えたその瞬間に高橋がそこにいる。彼からしたら僕はどう見えたのだろう。急にそこに現れたのだろうか。それとも、僕がゲリラ撮影よろしく切った張ったの殺陣を演じていたように写ったのだろうか。


「……フォルトゥナ」

「大丈夫。彼からは私達の戦いはなにも見えていないわ。ただ、タイミングがちょっと悪かったわね」

「記憶を消すとかそういうシステムはないの?」

「……ないわね」


 僕は高橋には聞こえないようほとんどテレパシーのアイコンタクトでフォルトゥナと会話をした。目だけで伝わる情報量には限界があるが、おそらくちゃんと伝わったはず。そして、同じくフォルトゥナから回答も得られた。僕が望んだものじゃないのが残念だけど。


「おまえ、急にそこに現れたように見えたが、どこから走ってきたんだ?」

「どこからって、もちろん学校からだよ」

「そんなに急いでどこに行こうとしていたんだ?」

「どこって…………家、だけど」


 無理がある! しかし、スラスラと嘘を吐く僕も嫌な意味で役者染みてきたな。


 高橋は完全に僕達のことを疑っている。なにに対して疑っているかは高橋じゃないからわからないけど、あきらかに怪しい奴らだと思われていることだけは僕でもわかる。僕だってそう思う。怪しすぎるでしょ、僕ら!


「高校生にもなって走って家に帰る奴なんて聞いたことないけどな」

「やりたいゲームがあるんだよ」

「ゲーム? 俺はそのへん明るくないけど、そんなに早くやりたいものなのか?」

「そりゃ、もちろんそうだよ!」


 僕は前のめりになった。高橋がその分だけほんの少し身を引いたように見える。


 実際、やりたいゲームがあるというのは本当の話だ。ドッペルゲンガーとの戦いばかりでは疲れてしまう。僕は息抜きに大好きなゲームをプレイするのもまた日課にしている。ゲームに熱中しているときはいろいろなことを考えないで済む。ゲームに夢中になれば、大概のことはどうでもよくなる。僕はそういう風にできている。単純にゲームが好きだけとも言う。


「そ、そうなのか……」


 高橋が一瞬慌てたような素振りを見せたが、すぐに真顔に戻り顎に手を添えて考え始めた。


 押せる! 僕はそう直感した。


「なんだったら高橋もゲームする? 持ってないなら本体ごと貸すけど!」

「………………いや、いい」


 そっか……。


 僕はかなりがっかりした。高橋がするゲームといったらやっぱりアクティビティだろう。体を動かすスポーツとか脱出ゲーム、ボウリングとかビリヤードみたいにみんなでワイワイやるもの。カラオケとかショッピングとか、やっぱりみんなでワイワイやるもの。僕がするような家でプレイするコンピューターゲームではない。


 同じゲームなのに、まるで別物のゲーム。僕と高橋との間に背の高い壁が存在するみたいだ。


「おまえを見てると、ひと勝負終えた格闘家やスポーツ選手をイメージする。充実感っていうのかな。やりきった満足感というか、満たされた感というか」


 ……本当に高橋は鋭いな。


 まさにそのとおり。僕はドッペルゲンガーとの戦いを終えて気分は高揚している。限界突破で力も充実している。当然強くなったので自信も持ち始めている。すべて、表に出ているのだろう。空気感なのか、それともオーラのようなものなのか。


「変わったよ、清水は」

「そんな……こと、ないよ」

「いや、変わったさ」


 高橋は謙遜しようとする僕の目を真っ向睨みつけるように見る。猛禽類を思わせる鋭い視線に思わずたじろぎそうになる。が、僕はその視線をそのまま受け止めた。


「高橋からは、僕はどういう男に見える?」


 だからなのか、僕は高橋に質問をした。高橋くらいのできる男の目に、今の僕はどういう風に映るのか。高橋に認められたい、そんな思いが僕の中にあったのかもしれない。イケメンで陽キャで気配りも利く。多くを持っているのに、それに驕ることなく持たない者を蔑んだりもしない。別け隔てなく全員に平等に接するようなことはないが、適切な距離感を持って無駄に関わりを持とうとしない。


 人と比較するのが人の常だ。高橋のような存在感がある者に話しかけられたらそうでない者は萎縮する。自分から萎縮してしまう。たとえ高橋にそういう意思がなくとも、だ。


 そう、つい最近までの僕がまさにそのお手本のような反応をしていた。


「そうだな――」


 高橋は再び顎に手を添えて考える。しばし沈黙の時間が流れた。


「ちょっと変なこと言っていいか?」


 その姿勢のまま僕に確認を入れる。変なこと?


「いいけど……」

「じゃあ、直球で言うな」


 高橋は一度目をつぶった。再び開いたその目からは鋭さは消えていた。穏やかな笑みすら浮かべている。


「清水、おまえは戦士だ」

「戦士……」


 期せずして僕が思う僕の今と一致した。


「そう――」


 高橋は僕を見て、フォルトゥナを見て、そしてまた僕を見た。


「俺と、同じだ」

「………………えっ?」


 ハテナしか浮かばない僕の目には、とてもいい笑顔を浮かべている高橋の姿が夕焼けを背に眩しく映り込んだ。

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