ドッペルゲンカイトッパー
ヒース
限界突破0回目
「限界突破って知ってるかしら?」
純白の薄衣をまとった、まるで天使のように美しいお姉さんが突然僕に問う。
出るところはしっかり出ているのに腰はキュッと締まっている。水色の長い髪は毛先だけクルッと内側に巻かれている。お目々ぱっちりでぷるんとした唇が実に色っぽい。
そんな美女が、なぜ、僕の部屋にいるんだ?
「聞こえないのかしら? ねぇ、キミは限界突破って知ってるのかしら?」
「…………あんたは誰だ」
「あっ、ちゃんと言葉通じるみたいね。良かったわ」
聞けよ。
美女はパッと眩しい笑顔に表情をチェンジして、るん、と軽くジャンプした。そして、重力に従うのをやめたのか、ありえないくらいふわっと着地する。
「3回も聞くのもどうかと思うけど、限界突破って——」
「知ってるよ」
しつこいので途中で遮った。
限界突破なんて今の世界じゃ常識のひとつだろう。同じキャラのカードを合成することでレアリティを上げたり、レベル上限を開放したり、新たなスキルを覚えさせたり、とにかくダブりの救済だ。ソーシャルゲームでは課金の闇にハマる結構危険な要素だけど、同時にそれだけ稼げるということだ。もっとも僕の年齢じゃそこまで沼にハマることもできないが。
「さっきからなんなんだよ!? まず、こっちの質問に答えてくれよ。あんたはいったいどこの誰なんだ?」
「元気ね」
さっきからピントがズレてる……。会話が噛み合わない。
「それじゃあ、私の正体を明かしちゃいましょうか。なにを隠そう、私は運命の女神フォルトゥナよ」
「………………はぁー???」
思わずハテナが3つくらい並んでしまうような素っ頓狂な声を出してしまった。
女神だぁ? なに言ってんだ、この女は。
「あら、疑ってるの?」
「疑うもなにも、そんなの普通信じないに決まってるだろ!?」
「でも、それじゃあどうして私はキミの部屋にいると思うの?」
「知らないよ。窓から不法侵入してきたんじゃないのか」
「失礼ね。私をそんな泥棒と同じに扱わないでくれないかしら」
フォルトゥナはぷんぷんと怒った。本当に、ぷんぷんと。なんだこのマンガ的感情表現は。
「じゃあ、私の登場シーンを再演するわね。ちゃんと見ててよね」
なぜか僕にビシッと伸ばした人差し指を突きつけてくる。人を指差しちゃダメって親に教育されていないのか?
フォルトゥナはどこから取り出したのか、真っ白な羽ペンを手に持っていた。それで空中になにかを書き始めた。これは文字なのか? でも僕には読めるものではないので文字ではなく模様にしか見えない。
書かれた模様はその場に浮かび、淡く発光し始める。光を帯びた模様はフォルトゥナの周りをクルクルと動きながら彼女の身体を覆い始めた。
「こうやって神界と人間界を繋ぐの。女神によってやり方は違うけど、私はこの方法が一番しっくり来るのよね」
こうやって、の部分が判然としないが、なんらかの文字を描くことで魔法的ななにかを発動させるということだろうか。
「じゃあ、一瞬消えるけど、またすぐに戻ってくるからちょっと待っててね」
言い終わらない内にフォルトゥナ自体が模様をまとって発光すると、シュッと一瞬で姿を消した。
「…………マジのやつなのか」
僕は呆然とつぶやいた。
もしかしたら、フォルトゥナがちょっと頭をやられてしまったどこか残念な、このあたりの近所にでも住んでいる美人のお姉さんだという可能性が残っていたのだが、ハイ消えた。窓が開いてもいないのにどうやって入ってきたんだ、というもっともな謎も残ったままだし。
こうして魔法のようなイリュージョンが目の前で起こり、人が瞬時に消えるというマジシャンもビックリな演出を披露されては否定するほうが難しい。
「本当に女神なのか…………でも、なんで家に来たんだろう?」
「それはキミが選ばれた候補者だからよ」
「うわっ! ビックリした!! ……急にうしろに立たないでくれよぉ」
「ゴメンゴメン。出る位置間違えちゃった」
テヘペロという言葉がぴったりな仕草をする人を初めて見た。
振り返った僕の目の前には舌をちょっとだけ出して、目を逸らし、自分の頭にゲンコツをコツっと当てているフォルトゥナがいた。
「それはそうと、どう? これで信じてくれたかしら?」
「……まぁ、普通じゃないってことは理解したよ」
「キミって中二病?」
「いきなりなに? バカにしてるの?? 僕は高2だよ。中学2年生の14歳じゃない。16歳だ」
「いやだって、さっきから物言いがどこかカッコつけたような感じが多いじゃない? チュウニなのかなって思っただけ」
「……やっぱりバカにしてるだろ」
フォルトゥナがどう見ても真顔で真剣に言っているのでおそらく本心からの言葉だ。僕を中二病扱いが本気って……これじゃあバカにされているとしか思えなくても当然だ。
「ゴメンね。そういうつもりはないんだけど、気に入らなかったのならあやまるわ」
そう言ってフォルトゥナは頭を下げた。ハラリと水色の髪の毛が肩から流れ落ちる姿が美しく、僕は思わず見入ってしまった。
「…………はっ! い、いや、そんな……やめてくれよ! 僕はあんたに頭を下げるまでは求めてなんかないんだからさ」
「そうなの? でも、キミが気にしたのならあやまるのはあたりまえじゃない」
「だって、あ、あんたは女神様じゃないか……神が僕に、僕みたいな人間ごときに頭を下げるだなんて」
完全にしどろもどろだった。
美しい女神が僕に頭を下げている姿を僕自身が受け入れられなかった。フォルトゥナはどう見たって普通の人間じゃない。本人曰くは女神なのだから、やっぱり女神なんだ。彼女を女神だって認めてしまえば、僕はとても小さな存在だと自覚する。存在価値が違いすぎる。
「私は神も人もそんなに気にしないけど」
「僕は気にするよ」
「えー、別にいいのにー」
フォルトゥナが突然間延びしたしゃべり方になった。というか妙にくだけた雰囲気になった。
「私がいいって言ってるんだからいいじゃない、そんなの。もっとフランクでも良いと思うんだけど?」
「だから、僕が気にするんだって」
「もぅ、意固地ね。あ、そうだ、そういえば私キミの名前教えてもらっていないんだけど、良かったらキミの名前を教えてくれない?」
「えっ、僕の名前? ……僕は、涼介。清水涼介だよ」
「リョースケかぁー。じゃあ、リョーくんでいい?」
いきなりだな。
フォルトゥナは僕の名前を聞くなりいきなりアダ名にした。しかもリョーくんだなんて、ちょ……ちょっと親しすぎないか。
「涼介のほうがいい」
「えぇー!? リョーくんのほうが絶対良いって。間違いない。涼介? リョーくん! ほらぁ!」
「『ほらぁ!』……って今の比較なに!?」
フォルトゥナはもう完全に僕のことをリョーくんと呼ぶことに決めたようだ。というか、最初から譲る気なんてまったくない。だったらなぜ僕に「リョーくんでいい?」って聞いてきたんだ? 女の人の考えていることってよくわからない。
「じゃあ、改めましてリョーくん、よろしくね」
「う、うん。フォ、フォルトゥナ……さん」
「フォルトゥナ!」
「……フォ、フォルトゥナ」
「そうそう、それそれ」
こっ恥ずかしい。面と向かって女子の名前を呼び捨てだなんて……本当に小さい頃意外に記憶にないよ。でも、フォルトゥナはそう呼ばないとダメだって雰囲気だし。まぁ、なんだかんだ心の中ではフォルトゥナのことを呼び捨てにしているから、やればできないこともないけど……リアルに本人を目の前にして呼び捨てするのはちょっと覚悟がいるよ。うん、覚悟が必要。
「それじゃあ、冒険の旅に出発しましょう!」
「ちょ、ちょ、ちょっ! ……えっ? なに、突然!?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
「してないしてない。なんにもしてない! いきなり僕の部屋に現れて、フォルトゥナが女神だって証拠を見せて——あ、でもそのときに僕が候補者だとかなんだとかって言っていたような。でも、今のところたったそれだけだよ!?」
「そっかそっか。端折りすぎたわね。いけないいけない、私ったらそそっかしいわね」
テヘペロ。
おい! もうツッコまないぞ。
「最初の質問の答えに満足していたわ」
「最初の質問って『限界突破って知ってる?』ってやつ?」
「そうそうそれそれ。リョーくんがちゃんと限界突破を理解していてくれたから、もう大丈夫かもって思っちゃったの」
「まったくついていけないから、もっとちゃんと、僕にわかりやすいように説明してくれないかな?」
僕は完全にフォルトゥナに懇願していた。話が飛躍しすぎて頭が追いつかない。しかもこの女今さっきなんて言った? 『冒険の旅に出発しましょう?』ってどういうことだ!?
「リョーくん、キミにはこれから私といっしょにキミのドッペルゲンガーを倒して限界突破してもらうことになったの。よし、それじゃあ、今度こそ旅に出ましょう!」
「だーかーらー、ちゃんと僕にもわかるように説明してってば!!」
フォルトゥナはもしかしたら残念な女神様なんじゃないか。どこかズレている。
僕は一抹の不安を覚えながら、やっぱりよくわからないフォルトゥナの説明? を聞き漏らさないように聞き続けた。
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