限界突破25回目

 うわー、本当に10体いる……。しかも、連携取れていそうで嫌になるわ。


 今回の戦いの舞台はだだっ広い石造りの円形のフロアだ。具体的に言えばコロシアムそのもの。周囲はそこそこの高さの壁に囲まれて逃げ場はない。出入り口はひとつだけある。よりによってドッペルゲンガー10体の奥にある。もちろん、逃げるわけではないが、いざというときの退路は確保しておきたい。


「覚醒リョーくんだらけね」

「やっぱり段々と強いのとしか遭遇しなくなるんだね」

「そうしないと強くならないから仕方ないのかもしれないわね」

「……はぁー、これはしんどそうだ」


 とは言うものの、僕もさすがに戦い慣れてきている。高橋が見てもわかるように、僕の体付きはかなりガッチリとしてきている。細マッチョと言っても過言ではない。ゴリマッチョは嫌だし。


 僕は鞘から取り出した片手剣を油断なく構え、どう戦っていくかの戦術を練り始めた。相手は覚醒リョーくん。つまり、動きは早いし小技も使ってくる。なにより連携攻撃ができるのがとてもいやらしい。10体に連携されたらひとたまりもない。引き離しつつ各個撃破が理想だ。


 1対10の様相は圧倒的に僕が不利だ。まずは右の一角から崩すのが良いだろうか。


「フォルトゥナ、今だとバフってどれくらい持つのか教えてくれない?」

「3分は持つわ。だいぶステータスアップの効果も大きくなってきているから、効果時間内に決めちゃったほうがいいと思う」

「そうだね。3分か……」


 1体18秒で処理。数が減ればバフが切れても戦えるだろうから、目標は3分で半分、1体30秒ちょっとだな。


 こうしている間にも覚醒リョーくん軍団の包囲網は少しずつ僕に迫っている。向こうも簡単には攻めてこないし、包囲網も緩くはならない。僕が切り込む以外に正解はないようだ。


「行くよ、フォルトゥナ!」

「まかせて!」


 僕の号令でフォルトゥナは僕にステータスバフをかける準備を始めた。それと同時に僕は地を蹴って一気に加速する。彼我の距離を一気に詰め、僕は剣を振りかぶると地面に向かって振り下ろし、それが接すると同時に斜めにすくい上げた。足元を破壊しながら石の破片を左の一角に向けて撒き散らす。


 行動制限としては充分だ。僕にフォルトゥナのステータスバフがかかったことを示す模様が渦巻く。同時に、10体の覚醒リョーくん全部に僕と逆向きの模様が巻き付いている。


 まずは僕から見て右の3体を視界の中心に収める。フォルトゥナのデバフは効きが良く、3体の内2体は動きがあまり早くない。1体は効きが悪いのか淀みなく動いている。まずはこいつが相手だ。


 地面スクラップによる硬直を回転斬りに繋いでキャンセルする。剣を振り上げた勢いを利用して途中で両手で握り直しもう1回転を始動。そのまま左足を大きく踏み出して着地時に前方にベクトルを伸ばす。突進の力を加えて楕円になった軌道を先頭の覚醒リョーくんに繰り出す。


 僕の加速に覚醒リョーくんは対応が間に合わない。あっけなく左脇腹から右肩にかけて僕の剣が通り抜ける。大きく伸び上がった姿勢は硬直が強い。動きが遅くなった覚醒リョーくんが硬直する僕に迫る。ゆっくりとしたモーションで僕は剣を引き戻し、腰に力を溜める。


 1体の覚醒リョーくんがナイフを繰り出す。いよいよ武器を使い始めたなっ! 僕はナイフの切っ先を見極めて剣の腹で弾いた。姿勢を崩しかけた覚醒リョーくんの通り抜けざまの後頭部に向けて剣の柄を振り落とす。ゴッ、と鈍い音がした。


 もう1体の覚醒リョーくんも同じようにナイフを使ってきた。こちらは刺突ではなく上段から振り下ろしてきた。突っ込みかけた僕は右足を強く踏み込み、体を横向きにすることで軌道を回避する。しかし、避けたと思ったところからナイフの軌道が変化する。まるで僕の動きを読んだかのように、振り下ろしている途中で強引に横薙ぎへと軌道が変わったナイフが僕の正面に迫る。


「……くっ!」


 ギリギリ剣の腹でナイフを受け止められた。鍔迫り合いになる。そこで僕の硬直が解除された。軽くなった剣を振り上げ、覚醒リョーくんのナイフを弾き上げた。


 胴がガラ空きだ!


 僕は振り上げた剣を袈裟で振り下ろした。斜めに分断された覚醒リョーくんがドスドスと地面に落ちる。振り返りざま、後頭部を強打したところから起き上がろうとしたさっきの覚醒リョーくんの首を落とす。


「リョーくん、限界突破よ!」


 言われるまでもない。残り7体の覚醒リョーくんに戦利品をかっさらわれるわけにはいかない。僕は3体の覚醒リョーくんの死体をそれぞれ吸収して限界突破する。戦闘中の限界突破はかなり有利だ。今の戦闘での疲労はまたたく間に回復し、筋力が増強して湧き上がる力強さを感じる。気分が高揚し、集中力も増す。いいことだらけだ。


 一旦距離を取るために、僕はバックステップでその場を離れた。


 覚醒リョーくんは中央の4体、左の3体が残っている。フォルトゥナのデバフがなければ中央の4体からも集中攻撃を受けるところだった。右の集団を先行して倒せたのはとても大きい。


 バフの残り時間も考え、僕は中央の集団に切り込んでいく。


 いきなり3体の仲間(?)を失った覚醒リョーくんたちは、しかしいやに冷静だ。前は憎悪を向けられていたが、今の彼らから受けるのは無関心の無表情だ。なにを考えているのかがまったくわからないのは元々だが、今はさらになにも見えてこない。


 気にしても仕方がない。


 僕はバカのひとつ覚えである片手剣での突貫を仕掛ける。僕の突進に合わせて、中央の覚醒リョーくんの1体が僕になにかを投げつけてきた。僕はひらりとそれをかわした。なんだったのかはわからないが、避けたところにもうひとつなにかが飛んできた。回避先への攻撃に僕は背筋がヒヤリとしたが、こちらもなんとか姿勢を低くしてかわす。なにかわからないものが頭上を通り抜けていく。


 僕が姿勢を戻そうとすると、正面の覚醒リョーくんが3体になっていた。


 どこに消えた!?


 姿勢を下げたことで視界が狭くなった内に、覚醒リョーくんの内の1体を僕は見失った。探そうにも、別の2体が引き続きなにかを投げてくるので避けるので精一杯だ。


「リョーくん、上よ!」


 フォルトゥナの声で僕はそちらを見ることなく、突進をやめて地を蹴って右に転がるように飛び退いた。瞬間、つい今さっきまで僕がいた場所目掛けて覚醒リョーくんの渾身の一撃が振り下ろされた。ドゴッと固い物同士がぶつかり合う音が鳴り響く。


 僕は素早く立ち上がり状況を確認する。大ジャンプから振り下ろされていたのは石斧だ。取っ手が長く、地面に食い込んだ先端は人の頭を余裕で勝ち割れる大きさだ。柄はしっかりとした太い木で、それぞれが蔦のようなもので適当に括り付けられていた。


 爪や腕での攻撃、投石、ナイフ、そして石斧。武器がどんどんと厄介になっている。


 動きの止まった僕目掛けてまたなにかが投げ込まれた。ようやくそれがなんなのかがわかった。矢じりだ。弓もないのに、矢じりだけを投げつけていたのだ。投石も危険だがダメージは打撃によるものに対し、矢じりは食らったら刺突のダメージになる。怪我を考えるとこの攻撃を食らうわけにはいかない。


 マズイな……


 一気に仕留めたかったが、多勢に無勢――かなりの劣勢だ。


「どう考えてもドッペルゲンガー10体は多すぎだよ……」


 つい弱音を吐いてしまう。


 僕は片手剣での単体攻撃しかできない。かたや遠隔攻撃に連携攻撃を使う上にまだ7体もいる。バフとデバフの残り時間も着々と減っていく。限界突破3回分がいまいち有効に働いていない。


 フォルトゥナが僕のそばに近付いてきた。顔を寄せ、ささやくように確認してくる。


「リョーくん、どうする? 続けられる?」

「逃げたって仕方ないでしょ、どーせ」


 僕は軽く肩を竦めた。僕の近くにいるとフォルトゥナが攻撃に晒されてしまうので、しれっと一歩だけ前に出る。矢じりがヒュンと顔の横を通り過ぎる。


「ええ……一時しのぎにしかならないわ」

「……なら、考えるまでもないよね」


 僕は戦い続けることを選んだ。フォルトゥナは「気をつけて」とだけ言い残してまた距離を取る。


「さぁて、どうしたもんかな」


 つばをゴクリと飲み込んで、僕は片手剣の柄をギュッと握り直した。

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