限界突破3回目(5)

 とても疲れた一日だった。


 僕はフォルトゥナと並び帰りながら、目立ちまくった今日を内省する。


「学校ってたのしいところなんだねぇー」

「……僕はそうでもなかったよ」


 ニコニコ顔のフォルトゥナは人見知りをちょっとだけ克服したようだ。慣れていなかっただけだったんだろう。緊張のあまり変な受け答えが多かったフォルトゥナだったが、僕のクラスメイトは優秀なので『おもしろい子』として処理したようだ。どこかでボロが出るんじゃないかと気が気じゃなかったが、そこは女神様、うまいことすべてを無理なくウソばかりで塗り固めていた。


 おかげでフォルトゥナが僕と仲がいい理由がひとつ厄介な形で完成してしまった。


「リョーくんは私の命の恩人であこがれの人なの……ね」

「なかなかいい設定でしょ?」

「そうでもないと思うんだけど……」


 僕が目立ちたくないんだということを忘れてしまったのかな、この女神様は。


 子供の頃の僕は勇猛果敢で活動的だった。フォルトゥナが大きな犬に襲われたり、崖から転落しそうになったり、車に惹かれそうになったときに颯爽と現れては華麗に救い出す。フォルトゥナにとってのヒーローだ。淡い恋心もあっただろう。恋に恋する女の子だったのだから。それから僕に対して献身的にお世話をしていたのだが、親の都合で急遽引っ越しをすることが決まり、僕と離れ離れになってしまった。10年が経ち、フォルトゥナは再びこの町に帰って来ることができた。僕と同じ学校に通えることになった。それを今の今まで内緒にし、転校初日にサプライズ登場してきたのが今日だ。


 ——という設定。


「まるで僕っぽくないんだけど。カッコよすぎない、この話の僕?」

「そんなことないと思うよ? 実際、リョーくんはカッコいいと思うよ。ドッペルゲンガーを相手にちゃんと戦えるし、私のことも守ってくれるんでしょ?」

「あ、うん……たしかに、そ、そうは言ったけどさ」


 フォルトゥナの真っ直ぐな視線に晒され、思わず言い淀んでしまう。


 勢いで言ってしまった面も強い。フォルトゥナが僕を守るためにピンチを迎えて、僕は自分の力のなさを嘆いた。奮起するためにも、自分を鼓舞するためにも強い言葉と意思が必要だった。フォルトゥナを守る力がほしい。フォルトゥナを守れるような人になりたい。


 ……めちゃくちゃ恥ずかしい。青春ボケか、僕は。


「だから、そういうリョーくんも居たんじゃないかなって。私が思う、目立つことを恐れなかったリョーくんが、ね?」

「……そう言ってもらえるのは、正直悪い気はしない」

「でしょ? リョーくんももっと自信持っていこ! ねっ?」


 眩しい笑顔だ。僕はフォルトゥナの純粋さを目の当たりにして自分の卑屈さを情けなく思えてきた。


 目立たないことが一番だ。目立ってもいいことはない。真面目に、おとなしくしていればいいことも起きないが悪いことも起きない。そうして淡々と過ごしていくのがきっと正しい道なんだ。そう思っていた。


 でも、それは間違いなのかもしれない。僕が目立っていけない理由はない。僕がそうしているだけだから。


「すぐには無理だよ」僕は続ける「けど、もっと前向きに生きてみようとは思う。悪目立ちは嫌だけど、わざと目立たないように暮らすのは……ちょっと考えてみる」


 僕の言葉にフォルトゥナが小さく首を傾げた。


「なんだかよくわからないけど、いずれにしてもリョーくんが前向きに目立って生きていけるように私も応援するからね」

「べ、べつに僕は率先して目立っていこうとしてるわけじゃないからね……!」


 僕とフォルトゥナの影が歩道に長く伸びる夕暮れの帰り道。


 フォルトゥナといっしょにいることで、今までにない学校生活が待っていたりするのかな。目立たないようにしたらどんなことが起きるのかな。ちょっとワクワクした気持ちが起きた僕は——視界の先に僕と同じ顔をしたなにかを見てしまい、その気持ちが一気に凍りついた。

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