限界突破5回目
戦いの舞台が解除されると、僕は再び歩道の上の人となった。元に戻ったんだ。
「まさかもう1体すぐそばに居ただなんてね。リョーくん簡単に倒しちゃったから、あんまり疲れなかったんじゃない?」
フォルトゥナがうーんと背伸びをして横目で僕に問う。
「この前よりはマシだけど、疲れないわけじゃないよ」
2体目のドッペルゲンガーは野良リョーくんのレベルだった。限界突破をさらに重ねた僕はやっぱり筋力が1増えた。本当に脳筋になっていく。単純な攻撃しかしない野良リョーくんは簡単にあしらうことができ、僕は限界突破の回数が5回を迎えることになった。当然のように筋力が増えた。
いくら筋力が増えても、普段使わない筋肉を使うために肉体的にはそれなりに疲れる。筋肉痛にもなる。筋肉痛のときにドッペルゲンガーと戦うのはイヤだな。
それに、どちらかと言えば精神的に応える。やっぱり自分の姿をした相手を殺し続けるのは容易なことではない。慣れたら淡々とこなせるようになるのかもしれない。それこそゲームだと思えばただのボス戦の周回だ。経験値稼ぎやレアドロップ狙いで同じ敵を延々と倒し続けるのと行為の違いはない。
でも、そんな簡単に割り切れる話じゃない。慣れたところで……僕は人殺しなんだ。人じゃないのかもしれないけど、ここまで人に似せた、しかも自分に似た人間のような相手を殺すのだ。そうじゃなくても、そうなんだ。
「ねぇ、フォルトゥナ」
「なに、リョーくん?」
「…………」
僕は自分で話しかけておきながら躊躇っている。聞くことが本当に正しいのか。僕がただ自分の重責から逃げたいだけじゃないのか。
「どうしたの? ……そんなに怖い顔をして」
「ねぇ、フォルトゥナ」
「……」
「僕が…………限界突破をやめたいって言ったら、僕はやめることができるの?」
純粋な問いだ。僕がドッペルゲンガーを倒さないと意味がないというのはフォルトゥナが最初に言っていた。僕が僕のドッペルゲンガーを倒さなかったらどうなるのか。他の誰かが倒してくれて、限界突破できずにただの死体として処分されるのか。
「……やめたいの?」
質問で返された。ズルいなぁ、フォルトゥナは。
「やめたいってわけじゃない。ただ、もし僕がもうどうしてもダメだってなったら……そのときはどうなるの?」
「そうねぇ……」
フォルトゥナは僕の気持ちを察したようだ。心配そうに眉が寄る。
「リョーくんが倒しても倒さなくてもドッペルゲンガーはたくさんいるのはわかっているわよね?」
「……うん。そこも聞きたい部分ではあるけど」
「たとえリョーくんが戦うことをやめても、結局ドッペルゲンガーは消えてなくなるわけじゃない。そして、リョーくんが狙われることも変わらないわ」
「……結局そうなんだよね」
僕はどうせ逃げられないだろうとは理解している。
僕が疑問に思っているのはなぜ今急に僕のドッペルゲンガーが大量に発生したのかだ。今まではどうしていたんだ? ずっと近くにいたけどたまたま僕を襲わなかっただけなのか? もしフォルトゥナが僕のところへ来なかったら、それでも僕はドッペルゲンガーと戦っていたのだろうか、と。
「たぶんリョーくんのことだから私と出会わなかった場合にどうなるか気にしていると思うんだけど」
「よくわかったね?」
「そのときは、私じゃない他の女神が結局同じことをしていたわ」
「他の女神が?」
「そう。女神は私だけじゃない。リョーくんの担当になったのが私だったというだけ」
「フォルトゥナじゃない女神様か……」
僕は代わる代わるタイプの違う女神様の姿を想像した。フォルトゥナが想像を絶する美女なので、他の女神様もきっとキレイなんだろうな。もしかしたらカワイイタイプもいるかもしれない。お姉さんタイプや、妹タイプなんかもおもしろいな。
さっきまで暗く沈みそうだった僕の気持ちは、別の女神様というパワーワードで一気に浮上した。実はそうとうおめでたく単純なのか、僕は。
「リョーくん、いやらしい顔してるわよ……」
ジト目のフォルトゥナに目の前でにらまれ、僕はポワンとした思考雲を慌てて振り払った。あっ、最後に妄想した女神様は結構いい感じだったかも。
「リョーくーん?」
怖い! フォルトゥナ怖い!!
「ご、ゴメンっ! でも、フォルトゥナが別の女神様がいるだなんていうから想像しちゃったんだからね!?」
「なによ? 私のせいって言いたいわけ?」
「そうは……言ってない…………言った?」
「言った言った言いました!」
フォルトゥナはプイッと顔を逸らした。……しかし、怒った仕草もまたカワイイな。
「僕、逃げないよ」
腕を組んで真横を向いちゃったフォルトゥナに向け、僕はポツリとつぶやくように宣言した。
「僕、この戦いから逃げないよ。乗りかかった船だし、逃げてもムダだって気がするし」
「……うん、それでこそリョーくんよ。カッコいいわ。私もがんばるから、いっしょにがんばろうね」
機嫌が悪かったのはどこへやら、フォルトゥナは僕に向けて、まるで草原に咲く一輪の花みたいに、可憐で、儚く、それでいながら力強く美しく笑顔をプレゼントしてくれた。
この笑顔があるだけで、僕は充分に恩恵を受けている。あまりに多くを望むのはわがままだ。殺伐とした自分殺しでいつか壊れてしまいかねない心にとって、フォルトゥナのような存在がどんなにありがたいことか。
僕はフォルトゥナに向けて自分で思う以上にいい笑顔を返すことができた気がした。
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