限界突破0回目(3)

 かなりの時間を費やしたが、僕はフォルトゥナから『設定』の話を聞き出すことができた。

 

「つまり、僕はこの仮想空間でひとりの冒険者として行動し、僕のドッペルゲンガーを探して倒すってことでいいんだよね?」

「そうそう。そんな感じ」

「それで舞台の設定や個人の設定は神界の神様たちが行えるということでいいんだよね?」

「正解。だから、リョーくんは私が設定した格好をしているってわけね。ただ、私達ができるのはあくまで決められた範囲の舞台設定だけなの。個人の能力とかは思いっきり本人に依存するんだけど——」


 フォルトゥナが僕の姿をジロジロと見る。フワリと浮きながらわざわざ周回して全身を見ているのだが、そこまでする必要があるのか? というか、なんの時間だ、これ。


「どう見ても弱そうなのよね、リョーくんは」

「それはどうも」


 全身を見たのはわざわざそれを言うためか。僕を見れば確認せずと最初からわかるもんじゃないのか、そんなこと。


「個人によるんだとしたら当然だと思うよ。僕はなにかを極めていないし、運動だって得意ってわけじゃない。どっちかというと勉強のほうが得意だし」

「それだとちょっと厳しいかもしれないわねぇ」

「厳しいと、なにかマズイの?」

「うーん……ちょっと言いづらいんだけど」


 フォルトゥナは右腕をくの字にして手のひらで顎を掴む。左手が右の二の腕を触るものだから胸が持ち上がってやたらと強調されている。

 僕をチラチラと見てくる。視線を外すと胸の谷間に目が行っちゃうから僕は別の理由でまた目を逸らす。


「……ぶっちゃけると死にやすいわ」

「ちょ……! 死にやすいってなに!?」


 ぶっちゃけすぎだろ! 死ぬってなんだ!?


「キミの目的はドッペルゲンガーを倒して限界突破して強くなることなのよ? それだったら逆側もあるって思わなかった?」

「逆側…………」


 まるで考えていなかった。

 そもそもほとんどフォルトゥナからまともな説明を受けていない。ドッペルゲンガーを倒して限界突破して——という話だから僕はただドッペルゲンガーを見つければ良いんだと思っていた。そうすればなんだかんだで女神様であるフォルトゥナがドッペルゲンガーを倒してくれて、僕はそれをなんらかの方法で吸収する? そんな感じなんだろうと漠然と思っていたのは事実だ。


 そうか……。


 だから僕は剣を持たされているんだ。僕が……僕が戦うために。


「そっか。ゲームをプレイしているだけだと実感なかったかもしれないわね。リョーくんがそう思っちゃっていたのならそれは私の落ち度だわ。キミがドッペルゲンガーを倒して限界突破できるように、ドッペルゲンガーもドッペルゲンガーを倒して限界突破できるのよ。もちろん、相手から見たらキミもドッペルゲンガーのひとりだからね」

「僕が……ドッペルゲンガーだって…………?」


 その発想はなかった。

 世界には自分によく似た人間が少なくとも3人はいるって聞いたことがある。それがドッペルゲンガーじゃないのか? それは別の話だったか? 他人の空似?? ……なんだかよくわからなくなってきた。

 それにしたって、普通に考えたら自分が主でドッペルゲンガーが副だって思うじゃん。自分に似た分身のようなものなんだし、僕自身がドッペルゲンガーかもしれないだなんて到底受け入れられない。


「この世界には、少なくともキミのドッペルゲンガーが1000人はいるわ」

「1000人の、僕……」


 3人じゃないのか……? ドッペルゲンガーってそんなにいるものなのか??


「少なくとも、ね」


 フォルトゥナは困ったような表情を浮かべた。ふぅ、と小さく息を吐く。


「実際の数はわからないわ。1000人どころか10000人いるかもしれないし、逆に100人もいないかもしれない。ただ、確実に言えるのはドッペルゲンガーは実在しているということよ」


 今回の話は今までのフォルトゥナの話のどれよりも衝撃的だった。


 ドッペルゲンガーどころか、僕に似た人間を今までの人生で一度たりとも見たことがない。こんな平凡な僕の顔ですら見かけないんだから、そもそも似ている人間ってどのくらいいるんだ? テレビとかで芸能人の誰々に似ているっていう街頭インタビューを見ても、ちょっと似ている程度で別人だ。雑誌とかだと逆に物とか動物とかに似た写真を載せて笑いを誘っているくらいだ。


 でも、ドッペルゲンガーは本人と瓜二つの姿をしているはずだ。

 僕はドッペルゲンガーを見たら死が近いという話を思い出した。それは、ドッペルゲンガーに殺されて、知らぬ間に自分が取って代わられてしまうということだ。周りの人間は僕がドッペルゲンガーと入れ替わったことに気づかない。

 残されたのは本当にドッペルゲンガーなのか? それともどちらにしても僕なんだろうか?


 僕は、ドッペルゲンガーに殺されてしまうのだろうか…………。


「リョーくん! リョーくん!」


 フォルトゥナが僕の名を呼んでいる。わんわんとした響きでどこか遠くから聞こえてくるようだ。


「リョーくん、しっかりして!」

「……うっ」


 肩を揺さぶられているのか、自分の身体が自分の意志と関係なく動いていることを自覚する。ちょっと、揺らしすぎ……。


「大丈夫だからね? ドッペルゲンガーに遭ってもリョーくんが死ぬって決まったわけじゃないから、大丈夫よ」

「大丈夫……?」

「そうよ。私がついているから大丈夫。それにむざむざ殺されて限界突破されるためにリョーくんを連れてきたわけじゃないもの」

「フォルトゥナ……」


 僕はぐらんぐらん揺れて判断の鈍っている頭を起こそうと掌底で自分の頭をガンガンと叩いた。

 その甲斐があってか、段々と意識がハッキリとしてくる。すぐに心配そうなフォルトゥナの顔が視界に入った。


「もう、大丈夫。落ち着いたから」


 僕が危うく倒れかけそうになってでもいたのだろう。フォルトゥナは僕の背中に手を回し、抱き締めるようにして僕を支えてくれていた。顔が近い。照れくさくて視線を外したらまた胸の谷間が目に入る。思わず魅入りそうになり、慌てて目を逸らす。


「私の悪い癖ね。リョークンは、やっぱりちゃんと説明してもらったほうがいいのよね?」

「そう、だね」


 僕はフォルトゥナにお礼を言うと、足元を確かめながら自分の力で立ち上がった。

 心配そうに僕の挙動を見ていたフォルトゥナは、しかしそこでハッとなると突然顔を上げて遠くに視線を向けた。その顔がちょっと険しい。どうしたんだろう?


「リョーくん……説明あとになっちゃうわ」

「どういうこと?」


 フォルトゥナが僕に向けた顔は真剣そのものだった。普段のおちゃらけた様子なんて微塵も感じさせない、ザ・女神様という感じだ。


「ドッペルゲンガーよ。ひとりこっちに気がついたみたいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る