限界突破3回目(6)

「リョーくん、野良リョーくんよ!」

「ああ、わかってる。僕からもよーく見えるよ」


 現実世界にもドッペルゲンガーがいるとは聞いていたけど、こんなに早く遭遇するものなのか。フォルトゥナは事前に察知できていなかったようだ。かなり近くに僕と同じ顔の野良リョーくんがたったひとりで立っている。


 違和感。


 僕は野良リョーくんの様子がおかしいことにすぐに気が付いた。


「……笑っている」

「リョーくん……あの野良リョーくんは、もしかしたら覚醒タイプかもしれないわ」

「覚醒タイプ…………って聞くからに嫌な感じしかしないんだけど」

「その感覚は正解だわ。とても厄介よ」


 ニヤッと笑っている僕と同じ顔はとてつもなく不気味だ。なにを考えているのかまるでわからない。絶対によからぬことを考えている顔つきだ。


「ここじゃ戦えないわ。すぐに舞台を用意するから心の準備をしておいて」


 フォルトゥナは両手を組み合わせて祈るようなポーズを取った。フォルトゥナを中心として半径2メートルくらいの大きさをした魔方陣のようなものが広がる。フォルトゥナが祈りを続けていると、魔方陣がボワッと赤く発光した。瞬時にその大きさを拡大し、あっという間に僕の目では追い切れなくなった。


 さっきまで歩道だった見慣れた景色が一変している。


 僕は再び戦闘の舞台へと誘われた。制服が旅装束に変わり、鞄がなくなった代わりに腰にはまた剣が吊り下がっていた。僕は柄を握る。しっかりとした手応えで、これがやっぱり現実の一部なのだと認識した。


 フォルトゥナが用意した舞台は荒野ではなかった。石組みの建物が並ぶ遺跡のような場所だ。ただし、その建物の大部分は天井が崩れたり壁に穴が空いたりとまともな状態ではない。言ってしまえば廃墟だ。そこら中に転がるのは今度は瓦礫だ。足を引っ掛けて転ばないように気をつけなきゃいけないのは変わらないんだな。


「準備オーケーよ」

「今回が廃墟なのに理由は?」

「特にないわね。現実世界との関わり合いがちょっと強くなっちゃったのかも」

「……それって大丈夫なやつ?」

「たぶん……ね?」


 ハテナをつけるな。現実世界との結びつきが強いと僕が悪目立ちするし、誰かを巻き込んでしまうかもしれないじゃないか。まったく……しっかりしてくれよな、フォルトゥナ。


「今回は覚醒リョーくんはひとりみたい」

「覚醒リョーくんか……。ネーミングは置いておいて、それだとまるで僕が覚醒したみたいに聞こえるね。ホントは僕が覚醒したいくらいだよ」

「リョーくんもその内覚醒できると思うわ。限界突破を重ねる内に、新たな能力に目覚めるかもしれないし」

「かもしれない……」


 そう、かもしれない。僕ははたしてこのままちゃんと強くなることができるのだろうか。


 不安に思う前に僕は鞘から剣を抜き出した。覚醒リョーくんは最初からかなり近くにいる。迎撃体制を整えておかないと、あっという間に倒されてしまうかもしれない。


 ところが、僕が慎重に準備を進めていても覚醒リョーくんが一向に現れない。現実世界では視認できる近さだったのに、フォルトゥナが舞台を作ったために障害が発生したのだろうか。僕からは覚醒リョーくんの姿が見えなくなっていた。


「左前方の壁のうしろにいるわ。隠れているわけじゃなくて、壁が邪魔でこっちに来られないだけみたい」


 フォルトゥナは感知能力があるので、覚醒リョーくんの状態がわかるようだ。壁に引っかかって動けなくなるとか、ひと昔前のゲームのCPUみたいな動きだな。カクカクしていそうでちょっと笑ってしまったのは内緒だ。


「そんな状態なら、こっちから行くしかないね」


 待っていても永遠になにも進まないような気がした。僕から突っ込むのはもはや専売特許状態だ。技なんてなにもない。勢いで行くしかない。


「フォルトゥナ、覚醒リョーくんの背後をつきたいんだけど、どっちから回ればいい?」

「左からね。覚醒リョーくんは私達から見て左手側から斜めに進もうとして引っかかっているわ。壁を回り込んでいけばバックアタックができると思う。途中で気づかれちゃう可能性があるけど、私のステータスバフで敏捷加速をしておけば速度的にはリョーくんなら先制攻撃ができるわ」

「長引けば長引くほど体力の少ない僕のほうが不利だから、フォルトゥナのバフが切れない内に一気に仕留めておきたい。覚醒リョーくんに気づかれるギリギリでバフをかけてもらえる?」


 フォルトゥナは気持ちのいい笑顔でサムズアップする。


「わかったわ。少し早めに準備しておくわね。……それじゃあ、リョーくんの4回目の限界突破の時間よ」


 フォルトゥナは腕まくりをするような仕草で気合を入れる。袖がないよフォルトゥナ。それに、それをやるのは僕のほうだ。僕も腕まくりをするような仕草をした。防御力が下がりそうだから、実際にはまくらないけど。


 僕が先頭、フォルトゥナがその少しうしろを浮遊しながら覚醒リョーくんへと近付いて行く。

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