限界突破4回目
僕は覚醒リョーくんの背後から一気に襲いかかった。
筋力増強の恩恵で向上した敏捷を頼りに、覚醒リョーくんの死角からひと息で詰め寄るとそのまま剣を横薙ぎに振り切った。
首を狙ったその攻撃は、しかしすんでのところで直撃を回避されてしまう。浅く切りつけただけに終わった僕は、着地と同時に追撃を開始する。覚醒リョーくんはこちらの攻撃を回避するだけで精一杯だ。
コンボを続けることで硬直時間を無視できるのは理解している。僕は剣を振りかぶり袈裟斬りを繰り出した。今回も浅く切りつけただけだ。ずいぶんと見切り能力の高いドッペルゲンガーだな。
全力で振り切っていない袈裟斬りを途中で切り返す。僕の剣の刃が覚醒リョーくんの右脇腹に食い込んだ。顔を歪ませた覚醒リョーくんは僕の剣に拳を振り下ろした。
マズい、折られてしまう!
僕は剣を強引に手前に引き寄せた。覚醒リョーくんの脇腹が抉れる。間一髪、覚醒リョーくんの拳は僕の剣の先端に触れただけだ。だが、その威力は思いのほか強く、僕の剣先は地面に叩き落されてしまう。僕はバランスを崩しよろけた。
なんとか右足を地面に強く踏み込んで体勢を維持すると、覚醒リョーくんと目が合った。
やはり笑っている。僕の攻撃で少なくないダメージを受けているはずだが、そこには余裕を感じる。口元の笑みが気持ち悪い。僕の顔なのにこんなに不気味に感じるだなんて……。
僕は顔を引きつらせていたのかもしれない。体が固くなっていたかもしれない。
——だから、避け損ねた。
覚醒リョーくんはほぼノーモーションで僕になにかを投げつけてきた。視認できたは白い塊だ。咄嗟に腕をクロスして顔を庇った。左腕に痛みが走る。僕にぶつかったのはこのフィールドのそこら中に転がっている瓦礫だ。覚醒リョーくんはそれを隠し持っていたのだ。
「リョーくん!」
フォルトゥナの悲鳴に似た叫びに僕は大丈夫だと返事しようとした。痛いが…………痛いだけだ。だが、僕が自分の視界を塞いでいる間に状況は一変した。脇腹にポッカリとした傷があるにも関わらず、覚醒リョーくんは僕に走り寄り、肉薄した。
左腕が痺れる。慣れない痛みに僕の顔はきっと歪んているはずだ。無事な右手で剣を振る。牽制だ。僕の狙い通り、覚醒リョーくんは僕の剣を警戒して突撃を緩めた。なにやら手に握り込んでいる。まだ投石の可能性がある。
せっかく先制攻撃で一気に仕留めようと思ったのにこんなに手こずるとは。このままだとフォルトゥナのバフが切れてしまう。
僕は硬直が起きないよう、間合いを取るために軽めに剣を振るう。覚醒リョーくんは投石がなければ徒手空拳だ。近づかせなければいきなり超劣勢という展開はないはずだ。
僕と覚醒リョーくんのにらみ合いは続く。すると、覚醒リョーくんの右手にある壁が突然崩れた。老朽化によるものかと思ったが違った。フォルトゥナだ。
「リョーくん、今よ!」
「サンキュー、ナイスタイミングだよ、フォルトゥナ!」
崩れた壁に気を取られた覚醒リョーくんは僕の攻撃に反応が遅れた。彼が僕を視界に収めたときにはすでに時遅しだ。いつもの超突貫による僕の鋭い突きが覚醒リョーくんの左胸を捉えた。硬い衝撃と、その後にズブリとした生々しい感触が手に残る。声にならない声をあげて覚醒リョーくんが悶絶する。もがいていた手足が力を失う。
僕が剣を抜くと、覚醒リョーくんは地面にバタリと倒れ、そのまま動かなくなった。
「…………今回もうまくいった」
僕は剣を地面に突き刺した。それを支えに、ふぅー、と大きく息を吐いた。左腕が痛い。
「まさか投石をしてくるなんてね」
「……本当に限界突破をするたびに相手が強くなっていくんだね」物言わぬ死体となったドッペルゲンガーをボーッと見下ろす。「僕、強くなるの間に合うのかなぁ……?」
フォルトゥナは僕のそばに降り立ち、そっと僕の肩に手を置いた。
「大丈夫よ。ちゃんと強くなっていけるわ」
「そうだね……そう思わないとやってられないしね」
僕は片膝を突き、僕の分身に手を当てた。その手に触れた湿った感触が気持ち悪い。血や内臓のないマネキンのような死体は、だけど触れるとそこに失われた命の痕跡を残す。僕には限界突破で自分が強くなる高揚感を感じるより、今この瞬間のなんとも言えない後味の悪さがより強く心に張り付く。とてもザワッとする。
フォルトゥナがお祈りポーズをすると、ドッペルゲンガーは光の粒子になり、僕の手を通して僕の中に吸収された。
限界突破を果たし終えた僕はたしかに強くなっただろう。
なにかを得るにはなにかを失う必要がある。代償だ。それが、僕の心に根を張っているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます