限界突破50回目(2)

「あのぉ……」


 僕に声をかけてきたのは見知らぬ女子だった。制服のリボンの色から同級生だということまではわかったが、あいにくどこのクラスの子かまではわからない。日陰を求めていた僕にそれを求めるのは酷だろう。


「な、なに……!?」


 キョドるなキョドるな。急に知らない女子から話しかけられたら、高橋みたいな属性じゃなきゃだいたいこうなる。その典型。それが、僕!


「清水…………君、で合ってますか?」


 妙な質問だ。声をかけてきておいて、名前を尋ねる?


 ……まぁ、合っているんだけど。


「僕が清水だけど……」

「良かったぁ!」


 なんで?


 彼女は僕が清水だというだけで、とても喜んでいる。謎すぎる。


 両方の手のひらを重ね合わせて、目をキラキラさせて僕を見てくるのだが…………うーん、誰だかまったくわからない。どうしたもんか。どうすればいいんだ、こういうとき!


「どったの、リョーくん?」

「フォルトゥナ!」

「えっ、えっ? なにっ、急に!?」


 渡りに船とはこのことか!


 僕はひょっこり顔を出してきたフォルトゥナを目の力だけでこちらに引き寄せた。オロオロとするフォルトゥナはちょっとめずらしい。


「……いや、特に用があるわけじゃないんだけど、その、なんとなく」

「えー、なにそれぇー」


 ちょっと女子高生っぽくするのは無理があるな。うん。フォルトゥナはその容姿に合わないギャルっぽい感じを全面に押し出して僕にしなだれかかる。


 ……似合っていない。


「正直に言おう。僕はこの子と話すのに緩衝材が必要だ」

「……?」


 見知らぬ彼女が口を小さく開いてポカンとする。


 肩口手前で切り揃えたボブカットの黒髪がよく似合っている。よくよく見ると顔がカワイイ。フォルトゥナで見慣れてしまったので同年代の女子は少し幼く見えてしまうのだが、彼女はさらに際立って幼く見える。背が低いのもあるだろう。これまたフォルトゥナで見慣れてしまっていて比較するのは失礼千万だとは承知の上だが、スタイルも年齢相応といった感じだ。学校で話をしていなければ中学生に見えると言ってしまっても言い過ぎではない。


「まったく、仕方ないわね」


 そういうフォルトゥナだが目が泳いでいる。人見知りをいきなり発揮しだした。


「で、私はどうすればいいわけ?」

「それを僕に聞かれて、最適な答えが出ると思ってる?」

「思わないわね」


 ……なんだ、このやり取り。


 ポカンとしていた名も知らぬ彼女が破顔するといきなり「クスッ」と笑った。


「仲がいいんですね」

「いやぁ、それほどでもぉー」


 フォルトゥナの反応が早い。


 不安そうな顔も庇護欲を刺激されたが、笑顔を見るとそれはそれで保護したくなってしまう。小動物の雰囲気を彼女からは感じる。


「わたし、宮園恵理って言います。隣のクラスの」

「宮園、さん……ね」


 知らない名前だった。僕は周りへの関心が薄いせいもあるが、クラスメイトでも完全な把握は厳しい。ましてや隣のクラスとなるともはや誰が誰だかわからない。もちろん、宮園さんのことも知らない。過去に至って記憶にないので、中学生や小学生でいっしょだったということもなさそうだ。


「……いきなりなんですが」


 ここで溜める。次の発言に対して構えないといけない類の前置きだ。そういう文脈でしか出ない前置きがこの「いきなりですが」だ。いったいなにが飛び出してくるのだろう。


「清水君!」

「は、はいっ!」

「わたしに……戦い方を教えてください!」


 宮園さんはいきなりガバっと頭を下げた。


「………………はい?」


 いったいなにを言い出したのだろう、この子は。


 僕は自分の耳がなにか得体のしれない文言を拾い上げてしまったと思い、今入手した危険な単語をもう一度リフレインすることにした。


 わたしに、戦い方を、教えてください——


 どうやってもいい感じに変換ができない! ストレートすぎるっ!


「それは、どういう理由でー?」

「わたし、自分のドッペルゲンガーと戦わないといけないんです! だから、先輩である清水君や高橋君に戦い方のアドバイスをもらいたくて…………そのぉ、ご迷惑ですか?」

「あ、うん」


 絶望的な顔をされてしまった。


 この「あ、うん」はちょっとちがう。僕がただただ混乱してしまい、宮園さんの言葉を受け止めきれなかっただけに過ぎない。断ったわけじゃない。「あ、うん、そうなんだぁー、はは」となる前半部分だけがポロリと溢れてしまっただけだ。


 最後まで聞いたところで、ただの乾いた笑いなのでそれはそれで絶望的な顔をされた結果となり、今となんらの状況も変わらなかった可能性はある。


「………………そうですか」


 テンションだだ下がりの超しょんぼりさんとなった宮園さんは、さっきまでよりもよりいっそう強力な庇護欲を駆り立ててきた。理由もなく守ってあげたくなる、そんな感じの、妹を持つ兄の常識クラスの感情がこれなんじゃないかという、そういう類の普段あまり感じることのない感情だ。


 宮園さんのこの寂しそうな姿に、僕は思わず彼女の手を掴んでしまっていた。


「…………えっ?」


 宮園さんがフリーズする。ついでに僕もフリーズする。見ればフォルトゥナもフリーズしている。


 ……どういう状況?


「あっ、ごめん!」


 僕は慌てて宮園さんの手を離した。ほぼ無意識の行動だ。ここで捕まえておかないとなんだかマズイことになる。僕のなにかがそう訴えかけていた。


「さっきのは断ったわけじゃないんだよ。ただ、あまりのことに反応できなかったんだ」

「あっ、はい。そ、それじゃあ……!」

「ちょっと待ってね。今の君の話だけじゃ情報が足りない。だから——」


 僕は宮園さんの顔を正面から見つめた。見つめ返された大きな瞳に僕の真剣な顔が映り込んで見えた。思わず目を逸らしたくなったが、今はまだガマンだ。


「もう少し、ちゃんと話を聞かせてくれないか?」


 こうして僕は宮園さんとカフェに行くことになった。

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