限界突破1回目(3)

 僕は重い体に自分でもわけのわからない喝を入れながら、とにかく足を動かし続けている。囲まれている状況は危険すぎる。まずこれをなんとかしないといけない。それに各方から同時に狙いを定められても厄介だ。


 ドッペルゲンガーは3体同時に現れた。


「野良リョーくんと、まさかのリーダーリョーくんだなんて」

「だから、そのネーミングはどうなの!?」


 遭遇時のフォルトゥナはまだ余裕があったのか、またおかしなネーミングをしていた。僕も冷や汗がとんでもないことになっていたが、思わずツッコんでしまった。今はもうそんな余裕ないけど。


 野良リョーくんは1戦目と同じくゾンビのような動きだ。だが、今回は3体の中の1体——フォルトゥナ曰くのリーダーリョーくんの動きだけがあきらかに違う。

 動き回る僕に翻弄されることなく、2体の野良リョーくんの動きはしっかりとしている。いたずらに僕を目指すことなく、無表情でリーダーリョーくんを庇うようにその前方に左右仲良く並んだ。囲まれなくなったのはいいが、固まられたらこれはこれで厳しい。フォルトゥナがリーダーと名付けたのはこういうフォーメーションを取ることができるからか。


「リーダーリョーくんは他の野良リョーくんに指示できるみたい。3体合わせた強さは野良リョーくんとは比較にならないわ」

「それ、ヤバいやつじゃん!」


 僕はとにかく動く。フォルトゥナは僕から離れないように付いてくる。


「各個撃破が原則なのに、厄介ね」

「なんとかならない?」

「試してみるわ」


 1体ずつこっちに近寄ってきてくれれば戦いやすいのに、3体が固まっているし、常に僕の動きに合わせてポジションを変えてくる。あきらかに誘導されている。僕のほうから来い、と。


 フォルトゥナは羽ペンを取り出し、空中に模様を描く。光を帯びた模様が周囲の小さな岩のいくつかに向かう。それをリーダーリョーくんが目で追っている。

 光の模様を受けた岩がゆらりと地面から浮き上がる。それはすぐさま3体のドッペルゲンガーに、まるで野球の速球のようなスピードで向かっていく。

 リーダーリョーくんが言葉にならない、なにか呻き声なようなものを発した。すぐに2体の野良リョーくんがリーダーリョーくんを庇うように僕達に背中を向けた。ガンッ、ガンッ、と岩がその背中に命中する。ビクッと跳ねるように仰け反った2体の野良リョーくんはしばし硬直する。


「——今だ!」


 僕はここがチャンスと踏み、3体のドッペルゲンガーに向かって駆け出し距離を一気に詰める。いつの間にか僕の体の周りを光の模様が渦巻いている。フォルトゥナのステータスバフだ。


 高揚感に包まれた僕は手近な野良リョーくんの1体に向かって抜き出した剣を横薙ぎに振るった。

 ……浅い!


 返す刀で2撃目を放とうとして、僕は自分の体が思うように動かせないことに気がついた。

 それが慣性による硬直時間だということはすぐにわかった。どんなに剣が軽くても、振り抜いてしまえば剣術の達人でもない僕では戻すのですら容易でない。でも、あれだけ軽かった剣がやけに重く感じるのは気のせいか?


「リョーくん、危ないっ!」


 リーダーリョーくんが硬直する野良リョーくんを乗り越えて、同じく硬直する僕に向かって飛びかかってきた。

 僕は剣を振るうことをあきらめて地を蹴ってとにかく前方に飛び込んだ。間一髪! さっきまで僕がいた場所をリーダーリョーくんが振るい下ろした両腕が盛大に空振った。

 あんなのまともに受けたら……。


「リョーくん!」

「わかってるよ……!」


 フォルトゥナは僕にすぐに立ち上がるように言おうとしていた。転がったままじゃなにもできない。僕は素早く立ち上がろうとした。だが動きが緩慢だ。暑さと緊張と疲労が僕を襲う。


 幸いなことに、野良リョーくんだけじゃなくリーダーリョーくんもそこまで素早くはないようだ。僕が体勢を整えるまでは充分な余裕があった。もっとも、それは向こうも同じだ。硬直から立ち直った2体の野良リョーくんはリーダーリョーくんを守るように両手を大きく広げて構えている。


 振り出しに戻ってしまった。いや、野良リョーくんの1体は僕の攻撃が効いていないわけじゃない。少なくとも最初よりはこちらが優勢になっているはずだ。

 心配なのは僕の体力だ。運動部じゃなかったことをこんなに後悔する日が来るとは夢にも思わなかった。


 それにしてもこれだけ苦戦するってことは、この舞台の中だと僕のステータスは相当低いんだろうな。現実世界は平々凡々で万々歳だけど、ゲーム世界じゃ平凡じゃぜんぜんありがたくないよ、本当に。


「私も支援するけど、相手を倒すほどの攻撃効果にはならないの。キツイと思うけど、リョーくんが直接倒すしかないわ」

「わかってるよ。僕がたったひとりでこんな状況だったらもうとっくに絶望しているし、やられているかもしれない。フォルトゥナがいるだけでありがたいくらいさ」

「……リョーくん、ずいぶんカッコいいこと言っちゃって、やっぱりチュウニ——」

「今はそんな場合じゃないでしょ!?」


 フォルトゥナの軽口に、気づけば僕は焦っていた自分がいなくなっていることに気がついた。

 状況は決して良くないままだ。でも、僕がやるしかない。やってやれないことはないはずだ。僕は自分を鼓舞し続けた。


 さぁ、バトルの続きといこうか。


 ……って、こんなこと思っちゃうからフォルトゥナに茶化されるんだろうな。

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