ファック・ザ・ポリスとこの世の全て②
「くそババア……観てたか?」
足元の鮮やかな色をした落ち葉の上に、鏡面仕上げのリボルバーがガサッと音を立てて転がった。
「弾は入ってるよ……好きに使いな」かすれた笑い声が聞こえた。辺りを見回すがババアの姿は見あたらない。
「まったく……酷い奴らだねぇ。せっかく坊やが生き返してやったのに恩を仇で返すなんて」
「おい、ババアどこだ? 出てこい!」
「心配するな。あんたのことはちゃんと観てるよ」
さっきとは違う場所からババアの声が聞こえてくる。
「いいから、出てこい。くそババア」
辺りはだいぶ暗さを増して、紫とピンクの混ざり合った夕焼けが遠くの空を染めはじめる。ババアの姿は見えないが、移動している気配は感じ取れる。
「ねぇ? どぉすんの? このままだと……ヤバくなぃ?」
聞き馴染みのある鼻に掛かった声だ。
「くそババア。てめぇが変なとこから戻したのがわりぃんだよ。もう一回やり直せ馬鹿野郎」
「えぇ、でもぉ、ムカつきませんかぁ? どぉでもよくなぃですか? あんな奴ら。リボルバーはお渡ししましたよね? 好きに使ってもらって構いません。カルマは背負えませんか? でしたら、死ぬのもありかもしれませんね」
池の方からババアの「ふふっ」という笑い声が聞こえた。
そういえば……。
眠気が吹き飛んでることに今更気づいた。
「いいから、戻せ。くそババア」
「うーん。大丈夫かなぁ? ルール違反にならないかなぁ?」
「今更、ルールもクソもねぇだろうが!」
「えぇ、だってぇ……ひどぃことされるは嫌だからねぇ……」
足元に転がっていたリボルバーを拾い、シリンダーを確認すると、弾は六発しっかり収まっている。
「先に言っとけよ。くそババア……」
ババアの可笑しそうな笑い声が真上から聞こえた。
「スカートめくりキメるとは思わなかったよ。見事だったねぇ。とんでもないカルマだよぉ。どうしますか? もう一度やり直します? またスカートめくりキメるのかな? はずかしくて観てらんなぃよぉ……」
クソ……もう一回やり直したところで『スカートめくり』をキメた事実は消せない……やっぱり死んだほうがマシなんじゃないか?
「それだけじゃないよぉ。お嬢の態度見たでしょう? ひどぃよぉ、ひどぃよぉ。あんたのおかげで生き返ったのにね……アンクルB・B……あんなひどぃ仕打ちするなんてさぁ、許せませんよね? あれ? もしかしてぇ、あんなことされてもぉ、ゆるしちゃぃます? それとも、死にます? どぉすんの? もぉいっかいやりなおすの? あたしゃどっちでもいいよ。知り合いが死んだら…………悲しいけどねぇ」
ババアの声が真後ろで聞こえた。振り返ってみるが姿はない。
たしかに、あのくそアマ……ありゃねぇだろ。ひとがせっかく……。馬鹿らしいにも程があんだろ。
「そうですね。警察まで呼ぼうとしてましたしね。そういえば、お嬢。魚釣りが好きな坊やと一緒に帰って行きましたね? あれ?……だぃじょうぶかなぁ? ねぇ、B・B? ウィッチ・モンテカルロは……誰にでも股ひらぃちゃうんじゃなぃですかぁ!? ヤバぃですよぉ!?」
「いや、あいつは元々そういう──────」
──────不意にババアが目の前に現れると俺の肩に手を回し、耳元で囁く。
「アイツら…………バラしちゃえば?」
ババアが「キヒヒ」と笑う。湿気った藪池広場を冷たい風が吹き抜けていく。
風に煽られたババアの巻き髪が頬を撫でる。なんだかキャラメルと線香が合わさった、くそマズい洋菓子みたいな匂いがした。
「くそババア。面倒なことしてくれたな? 端っからそのつもりだったのか?」
「いいや?」相変わらず尼さん服を着込んだババアが首をかしげてみせる。
「いいやって。じゃあなんであんな変な所に戻したんだよ……あれじゃあ手の施しようがねぇだろ」
「そうかい? 誰も死なずに済んだじゃないか。めでたしめでたしだろ?」
いや、それは間違いだババア。俺は死んでいる。社会的に死んだぞ。いくらスピリチュアル界隈でもスカートめくり犯はさすがに受け入れてもらえないだろ……。なんなら、本当に死んでもいいと思ってる。
まさか、お釈迦様もスカートめくりの悪業を背負って生きろとは言えないだろ……「お前はいますぐ死になさい」って言うよ、きっと。
「なぁ、ババア。俺はどうすればいい?」
「なんだい? いつに無く弱気じゃないか」ババアが俺の顔を覗き込む。
「そりゃそうだろ……スカートめくっちゃってんだぞ? あのくそアマはひでぇ仕打ちかますし……」
「スカートめくりは……どうしようもないねぇ。不憫だけど背負って生きるしかないねぇ。こればっかりは時間も解決してくれない。戻ろうが進もうがあんたはスカートをめくっちまったんだ」
ババアもアイツらも気づいていないのか? あれは本当はスカートじゃないんだ。ワンピースなんだよ。俺はワンピースをめくっちまったんだ。悪業の度合いはスカートの比じゃない。背中まで見えちゃってたからな。タイツを履いててくれて助かった。生脚だったら洒落に──────
────ポケットのスマホが鳴りだした。リビエラからだ……。なんだか嫌な予感しかしないが、とりあえず電話に出てみる。
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