チャネラーズ・ブギと不思議な風③
「それよりB・B、婆さんだよ!」
「あぁ、そうだった」
かわいい制御チャームを探しに行ったウィッチのほうをチラッと見ると、ほこり臭そうな棚の隙間から、カウンターの前に座っている俺と、奥のパソコンの前に座っているワンハンドレッドを凝視している。あれは隠れているつもりなのだろうか?
「かわいい制御チャームはあったのか?」
「ここは宇宙マーケットにゃん。ワラ人形以外買うものはないにゃん」
頭に猫耳をはめたイカれた女はつい2、3分前にてめぇで言った「かわいい制御チャームを買いに来た」という発言は忘れているようだ。やはりあの短パンは「そういう人」しか履かないのだろう。
上に着ているTシャツなんてダボダボ過ぎて、もはや短パンが短か過ぎるとかそういう次元じゃない。「この人はパンツ履いてるのかな? Tシャツ一枚でウロウロしてるのかな?」と思われても不思議じゃない。そのくせ語尾に「にゃん」を付けるのを忘れない辺りはさすがだと思う。
だいたい、その格好でなぜニーハイを合わせた?要らないだろニーハイは。なんだその、白とピンクの縞々のやつは。まさか、猫耳のピンクと色を合わせたのか? 余計なことをするな。なんなら太もも剥き出しの方が────
ワンハンドレッドはバスプロショップスの帽子を後ろに被りなおすと、カウンターの奥の棚に置かれた古ぼけたラジカセのスイッチを入れた。聴き馴染んだシンセサイザーの音が聴こえる。この豚眼鏡は音楽のセンスも最高だ。
「おい。ババアの話は後だ。明日また来る、それまでリーディングしといてくれ」
豚眼鏡は「それは依頼かい? それならリーディング代が……」とキーボードをカタカタやっていた手を止め、俺の顔色を伺っている。薄睨みをきかせてやると、ため息をつき口を尖がらせながら、なにやらぶつくさ言い始めた。
「ああそうかい。まぁね、ボクはシャーマンを引退したんだ。今は宇宙マーケットのマスターだからね。リーディングはあくまでもボクの趣味だ。わかってるよ」
ワンハンドレッドからワラ人形が入った紙袋を受け取り、1万円札を渡した。
「残りの750円は君への依頼代から引いておくよ」
「…………」
意味が分からない。なぜ毎回ドルで計算してんだこの豚眼鏡め。ワラ人形だぞ? アメリカから仕入れてんのかこれ? アメリカの能力者が使うのは昔からバービー人形だろ。それともなにか? バービーちゃんは高く付くからワラ人形になったのか?
「そういえば、あの『バスプロ』に台風のこと話したほうがいいのかい?」
「ほっとけ。やり方は任せるって言ってんだろ? 今さらどうしようもないだろ」
バスプロ。いわゆるブラックバスを釣って生計を立てている連中のことだ。雑誌やテレビ、最近じゃYouTubeなんかでも見かけるが一般社会からはかなりかけ離れた連中と言ってもいい。堅気とは呼べないかもな。
そのバスプロがこのたび私に依頼を申し込んで来たわけだ。「池の水抜きを阻止してくれ」と、事情はどうあれ俺は基本的に依頼は断らない。あまりにもゲスい依頼じゃなければ。迷子の子猫だって探してやるよ。まぁ、人探しなら俺らみたいなのに頼むより、警察に捜索願いでも出した方が賢明だけどな。
「まぁ、任すとは言ってたけど。後でクレームを受けるのはボクなんだ。あんまり無茶なことはしないでくれよ?」
「ん? さっきババアがメソったって騒いでたのは誰だ?」
「それとこれとは別だよ。まったく────」
これだから低級チャネラーは。と、ワンハンドレッドが言いかけたとき背後に気配を感じた。
「メソった、にゃんか?」
ビクッとして振り向くと真後ろにウィッチが立って居た。あまりにも近くにいたもんだから振り返った拍子に、俺の肘がおっぱいを
「お前まだ居たのか?」
「もう帰るにゃん。ワンちゃん、あたしもワラ人形が欲しいにゃん」
おっぱいを掠めたことに当然お気づきのはずだが、ウィッチさんはなぜかその場から一歩も引こうとしない。もちろん俺も一歩も引かない。意地のぶつかり合いだ。
ワンハンドレッドは「エターナルのワラ人形でいいんです?」と、カウンターの奥の棚をガサゴソといじっている。意地と意地のぶつかり合い、イカれた距離感で睨み合っている俺とウィッチさんには気がついていない。
「なんでもいいにゃん。1万円でいいにゃんね? ここに置いとくにゃん」
ウィッチは俺に横目で薄睨みをきかせながらカウンターに1万円札を置いた。先に動いたのはお前だから、俺の勝ちだバカめ。
軽く中指を立ててみせるとウィッチさんは札を置いた右手をそのまま頭にあててピンクの猫耳カチューシャを外した。そして、振り返ってニコッと笑い、手に持った猫耳をボキッと握りつぶした。
「あとさぁ、ワンちゃん? その帽子……カッコいいじゃん。あたしにもひとつ頂けるかしら?」
辺りが不穏な空気に包まれラジカセから流れる甲高いシンセサイザーの音が歪み始める。雷門の提灯がチカチカと点滅している。耳鳴りが止まらない。やばい、コイツ本気だ………。
おっぱいが原因か、バスプロショップの帽子がマジで欲しいのか、考えあぐねていると、ワンハンドレッドが振り返り目を丸くして口を開く。
「え? ちょっと、ウィッチさん? 猫耳……」
何かヤツの頭に被せられるモノを探がそうとしたが、視界が歪み上下の感覚が狂いはじめる。耳鳴りに混ざるシンセサイザーの狂気じみた音が鼓膜に突き刺さる。マズい……。
「早く帽子を渡せ!! ぶっ倒れそうだ!」
ワンハンドレッドが怯えた様子でバスプロショップスの帽子をカウンターの上に置いた。ウィッチが帽子を手に取りチョコンと頭に乗せると、辺りの空気がすっと軽くなりシンセサイザーの音がスムーズに流れはじめる。
「ありがと。1万と750円。ワラ人形と帽子代ね?」ウィッチは小銭をワンハンドレッドに手渡すと、カウンターの上に置いてあった紙袋を手に取った。
「ま、まいど」
「それじゃあ帰ろう? B・B」
ウィッチさんはこちらを振り向くと、俺の目を覗き込む。距離感の狂った位置に立ち、目を晒そうとしないイカれた女は、首を傾げながら「にゃん」と笑った……。
いや、待て。なに笑ってんだバカ。なんだ今のは? その帽子なのか、おっぱいなのか、はっきりしろ。危うくムー大陸になるところだったぞ?
ラジカセから流れるオジロザウルスの『AREA AREA』を聴きながら、古ぼけた両開きの扉を開けると、カランコロンとレトロな音が鳴り響く。湿気った風が吹き抜ける真夏の様なクソ暑い10月の夜空を眺めると────月の横には見慣れない星が5、6個出ていた。
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