第13章

土壇場に咲くクラシックスタイルとあの花は見たことないし名前なんて知ったこっちゃないけど色はたぶんアッシュグレー



「暗闇から覗き込めば気付かれないよ」と黄色い男がささや


「蒼白く濁った光は眼に毒だよ」と緑色した男がつぶや


「飲み代は三千円その先はチップだから全部あたしの。それが、ここのルール────」


 ────白い肌の女は見あたらない────



 見てはいけない見てはいけない 

          腐った男は目を塞ぐ


 カルマを背負いな 嫌なら死にやれ 


 三々三度のまことまこと 

      二度目はないとは言い切れぬ


 ニンフの随意まにまの裏の裏の裏


 ひと年三百六十六日 慎むことなき

             老いぼれの唄


 木曜八つ時 びる酒


 マコトマコトノ夢物語

        赤い鎧の声鳴き響く


 聞いてはいけない聞いてはいけない

          聞けば刀が肉を裂く


 落人おちうど まわれや 山駆け下りろ


 大工道具も惜しむな燃やせ 

       見やれば刀が肉を裂く──────





「…………おそいよぉ。すぐ来てくれるって言ったじゃん? ずっと待ってたんだよ?」


 くそババア……


「もぉ……ゆるしてあげなぃんだから……」


 いや、それより、なんだ今の気味の悪い唄は……


「ゆるしてほしい? だったらぁ……何人か、バラしてくれない?」


 一応言っとくけど……。あんたは、俺のゴミをなんだと思ってるんだ……。俺のゴミは、そんな安いツンデレはしないし、そんなゆるふわガールじゃない。体ひとつで勝負してくる筋金入りのゴミだ。このニワカめ。やるならもっと勉強してからやれ……くそババア。


 そんなことより、さっきの唄はなんだ? 不気味なことをするんじゃない……。月明かりが差し込む幻想的な藪の踊り場で一曲やるなら、マザーグースって大昔から決まってんだよ。なんだ老いぼれの唄って……薄気味わりぃ。せめてハンプティ・ダンプティをやれ……。だいたい、唄がぶっ飛び過ぎててせっかくのゆるふわツンデレが霞んでんじゃねぇか。何かやるならひとつずつにしろ……くそババア。



「おい、なんでここなんだ? アイツらのガラは池の方にあんだぞ? ワンマンショーでもやるつもりか? てめぇの不気味な唄なんて聴いてる暇はねぇんだよ」


 家に帰ってなくてよかったと、ほっとしつつ、憎まれ口を叩いてみた。


「だいたい、てめぇは何がしたいんだ?」


 青白い月明かりが差し込み、幻想的な雰囲気を醸し出しているキン消し広場で、ツンデレをかましたかったわけじゃないだろう?


「坊や……あんたしだいだねぇ……」尼さん衣装で身を包んだババアが背を向けながら呟いた。


「俺しだい? だったら、あんたをバラすだけだよ。それしかねぇだろ? くそババア」


 俺の言葉を聞くなりババアは「まったく……」と振り返り、お気に入りのリボルバーを放り投げた。

 転がったリボルバーを拾いシリンダーを確認すると、一発残っていた弾はしっかり収まっている。

 ずっしりとした鉄の塊。鏡面に仕上げられたリボルバーを右手に、撃鉄を起こしババアに銃口を向ける。

 ババアは身構える風でもなく、優雅な仕草で尼さんフードを外し、投げ捨てた。無風に舞った尼さんフードは音も無く、ましてや光を放つ様な演出を見せるわけでもなく、空間の狭間へと吸い込まれるかのように消えた。

 グリグリに巻かれた豊かな髪を掻き上げ、鋭い目つきで俺を睨み付けると、ババアは「キヒヒ」と笑う。


「Go ahead, make my day」


 眼前に突きつけた銃口を見つめるババアが、大きく見開いた瞳を寄り目にして戯けてみせる。


 クソが……


 銃口を空に向け、引き金を引く。

 銃声と共に強烈な反動が右腕にかかる。

 聞き馴染んだ耳鳴りの音が頭に響いた。

「──────」

 ババアが何か言っているが、よく聞こえない。




「くそババア……あんたを楽しませる気なんてねぇんだよ」


 弾切れになったリボルバーを投げ出すと、ババアが拾い上げ、指に引っ掛けてクルクルと回し始める。


「さてと、聞かせてみなよ。どうするつもりだい?」


 クソ……正直言ってもう手がない、復活の儀式が出来る尼さんなんて今どき存在してるとは思えないし……ウィッチひとりの為に二百人以上の人間を生贄に使ったんじゃ……。

 他に、死んだ人間を蘇生させる方法………。いくつかあってもタブーどころの騒ぎじゃない………。ウィッチかどうかすらわからない「何か」が生まれるだけだ…………。


「……尼さんでも探しに行くよ」


 ババアが「キヒヒ」とかすれた声で笑う。


「生贄はどうする? お嬢ちゃんだけでも二百はくだらない。笛吹き男まで探す気かい?」


 ババアは可笑しそうに笑っている。


「クソが……てめぇが余計なことしなければよかったんだよ!!」

「おや? もう忘れたのかい? あたしが観てなかったら、あんたあのまま死んでただろう? そしたら、どうなってたかねぇ?」


 クソ……俺はもう死ぬことも許されないのか? そりゃそうか……俺がこのまま死んだら…………どうなるんだ? もう、よくわかんねぇな。インターネットにでも聞いてみるか? 知恵袋にでも……。


「坊や。あんたが死んだら、何事もなく時間が過ぎていくだけだよ」

「ああ、そうかい。そりゃよかったね」


 ババアがリボルバーの銃口を俺に向け、片目をつむる。鏡面仕上げの銃身が、月明かりを反射して薄紫色に鈍く光る────────


「ばぁんッ……んっ……」


 もう、いっそのこと殺してくれ……


「でもねぇ、坊や。あんたが死ななければ……時間はそう簡単には過ぎていかない」


「ああ、そう」


 ………………そう来ると思ったよ……。





















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