土壇場に咲くクラシックスタイルとあの花は見たことないし名前なんて知ったこっちゃないけど色はたぶんアッシュグレー②
時間を戻すってか? くそババア……そんなことしてみろ、厄介なのが湧いてくるぞ……。
「お察しの通り」
表情は崩さず、えらく冷たい目で月を見上げるババア。手にしたリボルバーは相変わらず、クルクル回している。
「台風ひとつ巻き戻すのとはわけが違うぞ? くそババア」
「あんたしだいじゃないのかい?」
「イカれてんのか? 俺にどうこう出来る連中じゃないだろうが……」
俺だけじゃない……。
「お嬢ちゃんも、ちっちゃいお嬢ちゃんも、その他大勢も……偶然だよ。昨日は偶然死ななかった。それでいいじゃないか……あたしもねぇ、知り合いが死んだら、凄く悲しいんだよ……」
「神様じゃねぇんだぞ? そんな話が通じるわけねぇだろ」
「神様じゃない?」ババアはなんだか可愛らしく首を傾げてみせ「キヒヒ」と笑う。
「あたしを誰だと思ってる? 丸ごとタイムマシーンに乗せてやる。誰がゴチャゴチャ言えるってんだい? 誰ひとり逃がさない。邪眼もクソもないねぇ……。連中まとめて忘却送り。ああ、そうそう……くそガキ。忘れもんはないか? あんたも火の粉受けたくなきゃとっとと準備しときな?」
ババアの仕業か偶然か、強目の風が広場を吹き抜ける。背を向けたババアの巻き髪が煽られ、狂気じみた様相を呈す。月がチカチカと点滅した気がする。
いや、とんでもねぇこと言いはじめたな……このババア……そりゃコイツが時間を戻せば全部チャラ…………と言いたいところだけど、そうもいかないのがスピリチュアル界隈。
死人の時間を戻せば……つってもそんなこと出来るのは邪眼持ちくらいだが、こいつらが死人を復活させることなんて、なんの造作もない。
だが、そんなことすれば黙ってない奴らがいる。『邪眼』だ。連中はお互いに監視し合っていて、連中には連中のルールがある。
日本でいえばターミナルなんかでも、連中を鎖に繋ぐなんて絶対不可能、機嫌でも損ねたら俺らが住んでる次元なんて、跡形も無く消えかねない。だから「邪眼持ちを抱えている国」だけじゃなく、全世界が連中のやることには口を出さない。共存とかそんな生やさしい言葉じゃ片付けられないくらいの隔たりが連中と俺たちの間にはある。
つっても『邪眼持ちのシャーマン』といえど、鬼や悪魔じゃない。むしろ、聖人君子の様な奴らがほとんどだ…………このババアを除いて。
でも、連中だって神様じゃない、時には無茶もやらかす。
逆鱗に触れた一般人ひとりの為に億単位の人間が死んだこともあるらしい……。地球を丸ごと水没させようとした輩もいたらしい……。なんだかちょっとデカめの塔を建てていたら、もの凄い剣幕で怒られたりしたこともあるらしい。
これじゃあマズいつって大昔に『邪眼会議』が開かれて、あーでもないこーでもないと議論して、ある程度のルールを決めたらしい。
さすがに『邪眼のルール』だ。俺もそこまで踏み込んだ事は知らないが……。人の生死に関わる事柄は連中もかなりシビアになる。
躊躇なく三億人くらい消せる連中が、一人二人の生死に目くじら立てるってのもおかしな話に聞こえるが、俺らにとっちゃ文字通り死活問題だ。
連中がルールを持っているから俺らが「安心」して暮らせると言っても過言じゃない……。
「ちょっと待てババア! てめぇらのルールはどうなって────」
────振り向いたババアの目は、完全にぶっ飛んでいた。
「くそガキ。だったら、あたしをバラせ。いつまででも待っててやる」
クソ……なんで急にエンジン回してきたんだ……このババアは……
「バラせるもんならとっくに殺ってんだよ!! くそババア!! どうしようもねぇから困ってんじゃねぇか!!」
「なら、くそガキ。あんたはすっこんでろ。あたしに任せりゃいいんだよ」
「なんでてめぇに任せなきゃなんねぇんだ馬鹿野郎!! 火の粉浴びたくなきゃとっとと失せろくそババア!!」
広場を照らす明かりが少しずつ様子を変える。用水路前にはおそらく、釣り人達が集まりはじめているはず。下手すりゃあの池にも……。死体を見つけるのは……いつだって釣り人だ……。
「まったく……尻尾巻いて逃げ出さなかっただけ褒めてやるよ。でもねぇ、坊や。もう、抜け道はないんだよ。あんたにはどうすることもできない。あたしが時間を戻す」
妙な静けさが広場を取り巻く、木々の間からも空が白みはじめたのが分かる。
「てめぇを頼る気なんてねぇんだよ……すっこんでろでろ! くそババア」
ババアは目線を足元に落としニヤッと笑った。
さっきと同じ風が広場を吹き抜け、ババアの巻き髪がなびく。藪のものとは思えない量の落ち葉が、何処からともなく舞い落ちていく。肩に落ちた赤い葉を手で払うと、ババアは俺に背を向け呟いた。
「べ、別に……あんたの為じゃないんだから……」
────!?
なんだ? 今なにかされたぞ?
ババアはグリグリに巻かれた髪を整えながら振り返り、上目遣いでチラッと俺を見た。
……間違いない……こいつ……なにかキメた。なにしやがった……くそババア。
空がうっすら明るくなってきたおかげでババアの髪が、アッシュグレーの外巻きのグリグリのやつだと確認できた。間違いない、グリパツだ。絶対グリパツだ。グリパツニットお姉さんだ。……まぁ、今さらどうでもいいか……。
で、なんだっけ?…………俺の為じゃない?
「じゃあ、なんの為なんだ?」
「さっきも言っただろう? 知り合いが死んだら悲しいし、クソつまんなくなるじゃないか」
「いや、そんな理由で────」
俺の言葉を遮る様にババアが「キヒヒ」と笑った。
「なんだい? 坊や……あんただってそうだろ? 理由なんてそんなもんさ。知り合いが死んだら悲しいんだよ……。だから、生き返したい。当然だろ? あとは、出来るか出来ないかの問題だよ。昔は面白い奴らが山程いたんだ。なんの能力も無いくせに死人を生き返そうと必死で色んなことやって……。結局、ガラを腐らせちまう……。自力じゃ無理だと踏んで、わけのわからん虫を使ったり……。ガラも無いのに魂がどうのこうのなんて言って変な魔法陣を描き始める連中もいた。全部、本気でやってんだ。最近じゃ見かけない活きのいいクズだよ。尼さんなんて、時の権力者くらいしか使えなかったからね……。つっても、どっかの馬鹿が尼さん囲い始める遥か昔から『てめぇで考えた復活の儀式』が世の中には溢れかえってたんだ。今じゃ本物の儀式すら見れなくなっちまった……。どうしてかねぇ? 最近の人間はすぐに死を受け入れちまう。悲しく無いのかねぇ……念仏唱えてる暇があったら、泥人形でも作りゃいいんだよ。まぁ……どっちにしろ、能力の無い連中には無理な話だけど……それでも、多少無茶した方が良いことある『かも』しれないのにねぇ」
話が長ぇ……まぁ、たしかに俺がイカれた殺人犯になりかけてる理由なんて、ウィッチが死んだら悲しいから、ただそれだけかもしれない……。いや、もうイカれちまってるのか? 結局、望み通りにはいかなかったしな……。
「理由なんてのは、それだけで十分なんだよ。ただ、あんたのスマート儀式とやらは、どうしようもないくらい最悪の選択だ。アレは死人を生き返す為にやるもんじゃあない……。もし、あたしをバラして、お嬢ちゃんを生き返せたとしても、クソつまんないことの繰り返しになるだけじゃないかい?」
「さぁね。あいつが生き返れば、俺は死んでんだ……後のことは誰かに任すよ……」
「冗談もほどほどにしときな。くそガキが。あんたは……子供やら関係ない連中まで殺しといて、安らかに眠れる様なタマじゃ──」
「────なぁ、ババア。俺を誰だと思ってんだ?」
ババアが俺の目をジーッと見てため息をつく。
「さぁ? 誰だったかねぇ? 確か名前は……ハンプティだかダンプティだか?」
「まぁ、似たようなもんだ。今さら元に戻れやしない。やっちまったもんはどうしようもねぇだろ……いや待てよ? あのガキは仇みたいなもんだ。ガキの手下だって関係無くはないだろ……だいたい、子供つったってあのガキはややこし過ぎんだよ。…………まぁ、バスプロには悪いことしたな……。まさか、天国行きは諦めろ、あんたは地獄に落ちるよ。なんてクソみたいなこと言いだすなよ?」
「いい加減にしときなよ? 天国にも地獄にも行かせないっつってんだ…………今すぐには。あたしが時間を戻す。あんたは指くわえて待ってりゃいいんだよ……簡単だろ?」
空は朝マズメと言っていいくらい明るくなってきた。釣り人にウィッチの死体が見つかりゃ水の泡。いいかげん、駄々こねてる時間も無さそうだ……。
……潮時だね。
……少しホッとした自分が嫌になる……。
カルマを背負いな、嫌なら死にな……か。クソみたいな詩だな? どっちも楽ちんじゃねぇか。どうせ一般人の戯言だろ……。そんなんで済むなら……警察はいらねぇんだよ。
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