極めて鮮やかな無彩色とロンリーウルフ③


 『ウィッチ・モンテカルロ』


 バスプロはウィッチの識別名を聞くとサングラス越しにも分かるほど目を丸くして、池のほとりでしゃがみ込んでいるウィッチ……いや、ウィッチのTシャツと短パンの隙間から見え────もうほぼ丸見えになったおそらくバンダナと色を合わせたであろう赤いパン────あの食い込み方はおそらく赤いTバックを二度見……いや、三度見した。

 が、バスプロはおそらくあの女がノーブラであるということには、まだ気がついていない。


「おい、嘘だろ?「極東の魔女」か? あの軽そうな女が? 噂には聞いたことあるけど……あの誰にでも股開きそうな女が? 冗談だよな?」


「あんた……あいつの前では絶対に言うなよ……」


 あれこれ説明してやるとバスプロは「はー……」と、口を半開きにしたまま間抜けヅラを晒し、池の方へと歩いていく。

 それにしても、極東の魔女って、くそアマ尻ガールの間違いだろ? だいたい、このクソださい二つ名は誰が付けたんだ? もっと何かなかったのか? 横文字でカッコいいやつが……。まぁ、俺のじゃないから別にいいけど……。まさか……俺にも二つ名があるのか? クソださいのは嫌だぞ?



 池のほとりまで来ると、驚くほど水が澄んでいることに気がついた。

 関東の水場、特にこの辺りの霞ヶ浦水系、利根川水系なんて呼ばれる水系ではまず見かけない透明度だ。

 横でしゃがみ込んだ極東の魔女は、綺麗に澄んだ水がめずらしかったのか、それとも、汗びちょびちょになってしまって喉でも渇いたのか、池の水を手ですくっては流し、すくっては流しと延々繰り返している。どうやら、この水は飲んでもいいモノなのかどうか考えあぐねているようだ。


「ここ、やっぱりなんかおかしくない?」


 極東の魔女が首をかしげ、側までやって来た俺たちの方に顔をあげると、すぐにバスプロが口を開く。


「ここには反スピリットマテリアルが大量に埋まってるんだ」


「どういうことだ?」


 バスプロはポケットに両手を突っ込むと、池の対岸。バミューダ達の方へと視線を向け話し始める。


「どうもこうもない、反スピリットマテリアルはもともと自然鉱物だからな。それがこの辺一帯の地層に埋まってるってだけだよ。特にこの広場は昔から何度も何度も掘り返されてる採掘場の成れの果てなんだ。いつの時代かわからないけど採掘中に地下水脈にぶち当たって湧き水が噴き出した。その結果がこの池だよ」


「反スピリットねぇ。それでなんかダルいし、あのガキもトーキングができないってわけね」


 極東の魔女は両手で池の水をすくうと、俺の足元、トロピカル柄の切り返しがあしらわれたお気に入りの黒いマリンシューズにおもいっきりかけた。

 このアマ、膝くれてやろうか?と、しゃがみ込んでいる極東の魔女の後頭部……この髪型はなんだ?……赤いバンダナリボンをねじ込んだハーフアップで纏められたうしろ髪……アメリカのギャングスタガールみたいなうしろ髪に手を伸ばしかけたが、靴の中に染み込んだ水は思ったより冷く、なんだか殺る気が失せた。薄睨みだけで勘弁してやると、ニヤニヤしながらもう一度水をすくい始めたので「おい」と嗜めてやる。なんならてめぇ、池に突き落としてまたスケスケにしてやろうか?とも考えたが、なんとなく「ムー大陸」という言葉が脳裏をよぎりやめておいた。

 そんなやり取りをよそにバスプロはまだ話し続けている。


「オレの家は代々能力者の家系でね。じーさんばーさんの話じゃ、大昔からこの藪の中は「禁足地」。能力者は入ってはならない場所とされていたらしい。最近じゃパワースポットなんて呼ばれて日本中にある場所と一緒だよ。ああいう場所は大抵、反スピリットマテリアルが大量に埋まってる。そう珍しいもんでもない。まぁ、一般人に何の効果があるのか知らないけど、能力者にとってはあんまり居心地いい場所じゃないよな」


「ブラックバスも何か関係あるのか?」


「さぁね。ここは水も綺麗だし、地下水脈が霞ヶ浦辺りと繋がってるだろうから餌も豊富で住みやすいんじゃないか? ただそれだけだと思うけど? 釣り人もほとんど来ないしな」


「ああ、そう」


 極東の魔女は既にバスプロの話しに飽きてしまったようで、立ち上がると池の水でびちょびちょになった両手を「クソださ迷彩の短パン」のお尻の辺りで拭いて、なにやら鼻歌まじりにその辺を行ったり来たりしている。


 イカれてしまったのだろうか?

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