第12章
偏方位カバー型 fuckin'アトリビュートと motherfuckin' ドライブ・バイ♡
「てめぇ、いつから観てた?」
助手席に座り窓の外をぼんやりと眺めているババアにさっきからなんだかんだと憎まれ口を叩いているが、完全無視を決め込まれている……。
「無駄死にもクソもてめぇが俺を観てんのが悪いんじゃねぇか。てめぇはストーカーか? くそババア」
「…………」
もはや疑う余地は無い。完全にバレてる……。
街灯の明かりを反射して鈍く光る、ダッシュボードに置かれたガキのリボルバー。相変わらず窓の外を眺めているババアの隙をついて、こっそり手を伸ばしてみる。咳払いをひとつ入れたババアと目が合ってしまった。クソババアめ……。だいたい、なんなんだその格好は? 俺への当て付けか? ふざけやがって。
『邪眼持ちのシャーマン』。このババアに常識なんて通用しないのは分かってる……。常識どころか俺達とは次元が違い過ぎる。もはや人間なのかどうかも怪しい。
コイツがこの世に生まれてから何百年……。たぶん、何千年までは経ってない筈……。とにかく「ババア」と呼ぶことは間違いじゃない。いつも、女の姿で現れるから間違いない。真の姿なんてもんがあるのか、そんなもん誰にもわからない。
前にヒョッコリ顔を出した時は……たしか、グリグリの巻き髪でパツパツのタイトスカートにノースリーブニットを着たお姉さんの姿だった。あの時はターミナルの下っ端の馬鹿が、ババアだと気づかず声を掛けてなんだか大変なことになっていた。
あの馬鹿はどうやらホンジュラスだかベネズエラだかのスラムで、身包み剥がれた挙句、腕時計をはめた片腕を切り落とされそうになっていたところを保護されたらしい。残念なことに、既に左足は足首のところから……。その話を聞いたウィッチさんは「スニーカーが欲しかったのかな? それともズボンを脱がすのに手こずったのかな?」と興味津々だった。
まぁ、ババアに対してあの口の利き方はなかったな。それに、下っ端とはいえ仮にもターミナルの人間があの辺のスラムから自力で抜け出せないというのもどうかしている。自業自得だ。
グリパツお姉さんの前はたしか、黒縁デカ眼鏡でエプロン掛けた本屋の店員さんだったはず……。その前は……ラテン系のイケイケお姉さん。その前は────
で、今回のババアは?
尼さんだ……。尼さん以外の何者でもない。英語で言ったらシスターか? 今回のババアは『尼さんフード』を被り、『尼さん服』を着ている……。一応、顔は日本人っぽい。顔だけなら、かなりの上物だ……。
あれ? でも待てよ? このババアは……。この前のパツパツノースリーブお姉さんじゃないか? クールビューティな目元にぷっくり唇。尼さんフードのせいで髪型は確認出来ないが、たしかこんな顔だったはずだぞ? 絶対そうだ!パツパツお姉さんだコレ!! いや、待て……。顔だけじゃまだ判断材料に欠ける……。おっぱいを見ればわかる。おっぱいを見ればわかる。この前は凄かったんだ。
黒いゴワゴワした生地の……それはなんだ? 「尼さん服」というのか? なんだそのダボッとした服は? 全然わからないじゃないか……。
クソ……。
なぜ、ミニスカートタイプのヤツを着て来なかったんだ……馬鹿野郎! ミニスカートでパツンパツンで、セパレートになってるヤツとか、おっぱいのところがハートになってるヤツとかあるはずだろうが。アメリカの正式なヤツがあるだろうが! 何故、ガチのヤツを着てきた! このくそババアめ!
だいたいその尼さん服が俺への当て付けだとしたらいつ用意したんだ? ネットで買ってたら間に合わないはずだ。ドンキかなんかで買ったな? いや、ドンキなら正式なヤツがあるだろうが!アメリカの正式なヤツが!! 何故、ガチのヤツを───
まぁ、服装なんて大したことじゃない、コイツが姿を現すときは……ほぼ毎回、別人である。年齢から人種まで違う。ただ、今回のババアはどうやら前回のババア、グリパツニットお姉さんだと思われる。気に入っているのだろうか? たしかに、このババアは俺も嫌いじゃない。
この前は、去年の暮れだったかな? オーストラリアのときだ……。なんだかゴタゴタしていて、ターミナルの馬鹿が「うわぁぁ」つって間抜け晒すまで、俺もババアに気づかなかった……危うく俺がカタワになるところだった……。
まぁ、とにかく女の姿で現れるから、スピリチュアル界隈では「くそババア」と呼ばれている。
「グランドマザー」なんて呼ばれてないだけあって、今現在は日本国民として扱われている。
かなり特殊な存在ではあるが……。
戦前、世界中の歴史及び邪眼関連の学者達が一同に会し、あーでもないこーでもないと色々議論した結果。どうやらこのババアは日本出身なんじゃないか?と結論付けたらしい……。その旨をババアに問うたところ「そうだねぇ」と言うので、現在は日本国民となっている。『邪眼』といえど人権はある訳だ。もちろん、このババアだけじゃない。世界中にあのババアやあのジジイも居るし、あのお姉さんやあのお兄さんも居る。そうそういや、例の邪眼の子供達……奴らもいずれはこのババアみたいになるのだろうか?
「おい、藪に行ってどうするつもりだ? てめぇもバラされたいのか?」
「まったく……」
ババアがやっと口をきいてくれた。このままだんまり決め込まれたらどうしようかと思ったけど、よかった。
「坊や……あんたがやろうとしてる儀式じゃ、あのお嬢ちゃんは生き返らないんだよ……」
「だから、それはてめぇが観てたのが悪りぃんだろうが!」
「それなら、あたしもバラせばいいんじゃないか? ほれ────」
ババアが差し出したチャンスを俺が受け取らずにいると、薄く口紅を引いた唇を歪めくそババアは小さく鼻で笑った。
「…………」
クソが……
「あたしをバラしたって無駄なんだよ、よく考えてごらん?」
どういうことだ?……
「たしかに、藪外で知ってるのはあたしだけだよ……今のところは。問題は藪中……あんたは、お嬢ちゃん以外……ちっちゃいお嬢ちゃん達も生き返そうとしてるだろう?」
「そりゃそうだ。あのままにしといたら、ただのイカれた殺人犯になっちまう。そんなんで生き返ったところで、ウィッチだって……」
ババアは指に引っ掛けたリボルバーをクルクルと回しながら、窓の外に広がるやたらと暗いど田舎の景色を再びぼんやりと眺めはじめた。
「別に頼まれたわけでもないじゃないか……お嬢ちゃんは勝手に死んだんだ。ほっとけば良かったものを……」
いや、それは違うぞババア。アレは半分くらい俺のせい────。どっちにしろ見過ごすわけにはいかねぇんだよ……クソが……。
「いいかい?坊や。人を生き返すなんてそんな簡単じゃない……犠牲は付き物なんだよ」
「だから、スマート儀式で俺が死ねば……解決してたんだよ!! くそババア!!」
窓の外を眺めていたババアは振り返り「あんまり大声を出すんじゃないよ」と、俺の頭に銃口を向けた。危ないからやめろ……。
「坊や……あたしゃねぇ、あんたみたいなのを何人も見てきた。人ひとりの為にイカれた殺人犯として死ぬことを選んだ馬鹿共を……。そういや、地球を丸ごと吹っ飛ばそうとしたのもいたねぇ。でも、結局望み通りの結果を得られた奴はひとりもいやしないんだ」
「だから、てめぇが──────」
────ババアが撃鉄を起こした。重たい金属が擦れる音に緊張が走る。薄っ暗い車内に差し込む対向車のへッドライトが、俺の頭にチャカを向けたババアの目元を照らす。尼さん服に身を包んだ女が眩しそうに目を細めると、細かいラメ入りのアイシャドウがキラキラと光りを放つ。
「どっちかなんだよ。お嬢ちゃんか……ちっちゃいお嬢ちゃんか……」
どっちか?何を言ってるんだ……このババアは。
「まだ解らないのかい? 難しいことを言ってるわけじゃない。あんたは根本的に間違ってるんだよ。スマート儀式……だったかね? どこで覚えてきたのか知らないけど……」
ん? ウィッチが死んで……ガキ共を俺がバラした。アイツらが死んだ事はまだ誰も知らない。いや、ババアは知ってる……。クソ……この際、ババアは抜きだ……ややこしい。
「それとも、どっかの尼さんにお願いするかい? 生贄は百や二百じゃきかないけどねぇ?」
『復活の儀式』が出来る尼さんを探しに行くとなると……日本じゃ無理だな。偽物しか居ない。となるとやっぱアメリカか……。アメリカの正式なシスターじゃないとダメだ。おっぱいのとこがハートになってたり、ウルトラミニスカートにニーハイの黒タイツを履いてたりする正式な────尼さんはもういい……ややこしくなる……。
「うるせぇ! ちょっと黙っ────」
────ババアが俺の頭に向けて「ばんッ」と小さく銃声を鳴らした。銃口に「ふっ」と息を吹きかける仕草が、なんだか可愛く見えた……。
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