イリーガルフィッシュと忘却の空②


 路肩に車を止めて外に出ると、たしかに日差しは強く気温も高いがカラッとしていてまるでカリフォルニアみたいだ。


 いきなり藪に入るのは流石に心の準備がまだなので、とりあえずその辺をウロウロしてみる。目の前を流れる用水路にバサーが4、5人いるが釣れている様子はない。

 俺が背後でウロチョロしているのが気に入らなかったのか、短パンの下に黒いタイツを履いたバサーが「邪魔だよ」と言わんばかりに振り返る。軽く会釈をしてやると、バザーは対岸にいる仲間に目線を送り首を傾げてみせた。

 大して面白くもない片田舎の風景には全く興味を示さないノーブラのウィッチさんは、車の横で脚に何か塗っている。もう用水路なんてどうでもいい。小走りでウィッチさんの元へ駆け寄ると、照りつける太陽の暑さのせいか、少し目眩がした。


「なに塗ってんだ? それ」


「日焼け止めだけど? 塗る?」


「いや、俺は別に」


「そう?」


 アメ車のステップに片足を掛け、鼻歌まじりに日焼け止めを塗る姿はまるでカリフォルニア。強く照りつける太陽とむせ返るような草木の匂い。用水路を流れる茶色い水。吹き抜ける風が揺らす鬱蒼とした藪の緑。赤いバンダナに想うロサンゼルスのスラム街。ど田舎の片隅でふかすタバコの煙とココナッツの匂い。日焼け止め塗るくらいなら長ズボンを履いて来い……とは言わないでおいた。暑い日は短パンを履く。当然の選択だ。


「そういえばさぁ、B・B台風って誰が軌道制御したんだろうね?」


 コイツ……やっぱり知ってたのか……



 実は昨日の昼間、俺は台風軌道制御のためのチャネリングを行おうとしていた。

 今日から明日の日曜日にかけて関東に直撃させたかったわけだが、正直言って池の水抜きを阻止するために台風はやりすぎなんじゃないかと自責の念にかられていたのだ。

 台風を発生させた時点で、関東方面へ移動しやすい要素を確立させてはいたが、うだうだやってればどっかのチャネラーが制御権を奪って、あわよくば日本上陸を避けてくれるかな? ぐらいに思っていて、昨日の昼までほったらかしていたわけだ。


 土壇場になってやはり依頼の遂行は絶対だと考え直し、重い腰を上げチャネろうとしたのだが、昨日の昼には "望み通り" 何者かに軌道制御されていた。


 制御された台風の軌道予測を確認すると、俺の予定より多少早まってはいたが、軌道自体は俺にとっても都合が良かったのでそのままにしておいた。一昨日のババアのメソポタミアムの件があったので、そう上手くいかないだろうとは思っていたが、案の定、今に至っている。

 方位天体が出ていたところを見ると大手も動いていたのだろうが、連中も随分とのんびりやっていた様で、同じくババアのいざこざに巻き込まれて今に至ると言ったところだろう。


 最後はババアに持っていかれたわけだが、結局、軌道制御をしたのはどこのどいつだったのだろうか? まぁ、ソイツもババアに一杯食わされたのは言うまでもないが。


「お前、知ってたのか?」


 両脚のUVケアを完了したウィッチは、ダボダボした真っ白いTシャツの袖を捲り上げると、肩から指先まで入念に日焼け止めを塗りたくり「あたしはターミナルの犬だよ? 知らないわけないじゃん」と笑いつつ、ダボダボしている割にはやけに短い真っ白いTシャツの裾を捲り上げると、腰とお腹にも日焼け止めを擦り込んでいく。


 「犬」に多少引っかかるものがあったが、それどころじゃない。


「どこのチャネラーか知らんが、今頃悔しがってんじゃないか? もしかすると、制御したことなんて "忘れちまってる" かもな?」


「バミューダじゃないの?」


「いや、ヤツらじゃない。ガキが、あの台風はどこにも上陸させないとか言ってたからな」


 ウィッチさんは何を思ったのか、今度はTシャツの中にまで手を突っ込みはじめ「ふーん。じゃあどこのチャネラーなんだろ?」と小首をかしげている。もう、どこのチャネラーかなんて知ったこっちゃない。


一応「ターミナルの犬でも分からないなら、もうインビジブルで間違いないだろ」と適当に答えておいたが、そのTシャツの下は今どうなっているのか、そのノーブラのおっぱいが一体どうなっているのか。


「ワンちゃんは? 何も言ってなかったの?」


 ワンちゃんと「犬」が掛かってしまったが、今はそれどころではないので「アイツはもうただの宇宙マーケットのマスターだ、ほとんど見えてないだろ」と適当に答えておいた。

 そんなことより、Tシャツの裾からではなく、袖から手を突っ込み始めたあんたのおっぱいの方がよっぽど気になっている。

 「そこまで塗る必要あるか?」と喉まで出掛かったがぐっと堪え、袖から手を突っ込んで背中にも入念に塗り込んでいくノーブラのウィッチさんをぼんやりと眺めながら、俺はタバコに火を付けた。


 ウィッチさんは「そう? じゃあしょうがないね」と日焼け止めのキャップをパチンと閉め、Tシャツの裾をパタパタと煽ぎ始める。たぶん中がぬるぬるして気持ち悪いのだろう。中が。そりゃそうだ、なんだかそれ塗り過ぎなんじゃないか?というくらい肌がテカテカしている。中はきっともっと凄いことになっているに違いない。


 そんなテカテカしたウィッチさん眺めていると、虫除けスプレーのことをふと思い出し、トランクに転がっていた虫除けを全身に吹き付けておいた。

 当然、ウィッチもよこせと言うので貸してやると、どうにかなっちゃんうんじゃないかと心配になるくらい吹き付けている。もちろん、袖からも噴射させ、Tシャツの穴という穴から白い煙が吹き出している。













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