第14章 第2部

ビッチ・エクス・マキナ

 

 利根川を渡り水郷ラインに入る。


 この道は狭いくせに道端の草を中々刈らないことで有名だ。下道でここから越谷まで2時間ちょっとってところか。高速を使っても大して変わらないだろ? まあ、今日中に着けばいい。別に急ぎでもないしアメ車で飛ばすのはくそダサいというのが俺の信条だ。

 そもそも、暗い夜道をこの無駄に幅が広い車で飛ばすと危ないし、左ハンドルだからなんだか怖い。しかも、役所が刈らないせいで当然のように車道にはみ出した草にあたるんじゃないかと気が気じゃない。


 じゃあそんなもん乗るなと言う奴もいるが、くそダサいコンパクトカーやら国産のミニバンに乗れと言うのだろうか? 連中はし○むらの服で街をフラつけと言われたら嫌じゃないのだろうか? 

 何故、連中は御殿場アウトレットへお洒落な服を買いに行くくせに、あんなくそダサい国産のコンパクトカーやらミニバンに乗って行くのだろうか?

 レイバンのサングラスを誇らしげに掛けて、乗り込んだ車が国産の偽四駆じゃ格好悪くてしょうがないじゃないか。


 御殿場でナイキの靴を買う前に、てめぇのその名前もよく分からないシルバーのコンパクトカーを買い換えた方がいいんじゃないか?

 御殿場でアナスイを買ってやる前に、てめぇのそのくそダサいシルバーの──────


 ────何故、こんなに空いてるのに後ろのコンパクトカーは煽ってくるんだろう? 抜いてけばいいじゃないか。


 煽ったところで、俺にどうしろと言うんだ? 端に寄せろと言うのか? てめぇのコンパクトカーなら余裕はたっぷりだろうな? 俺の車をよく見ろ。もはや、センターラインの上を走ってるんだぞ? どうしろと言うんだ? 草にあてろと言うのか? それなら、今すぐ役所に電話しろ。「前の車が端に寄ってくれないので、今すぐ草を刈りに来い」と。





 延々と煽ってくるコンパクトカーを無視していたら『草無しゾーン』でブチ抜かれた。何をそんなに急いでいるんだろうか? 夜勤の仕事に遅刻しそうなのかな? だったら30分早く家を出るか、次はもっと小さなコンパクトカーを買え。なんなら「もっと小さいコンパクトカーじゃないとアメ車を追い越しできません」と、てめぇの大好きな『本田さん』に電話しておけ。日本の道路事情を考慮した『アメ車を抜くのにちょうどいい日本ノリモノ』を作ってくれる筈だ。


 ……クソ。俺は何をこんなに苛立ってるんだ?


「お嬢でしょ?」


 ────!?


「くそババア!? てめぇ何してんだ馬鹿野郎!! 急に出てくんじゃねぇよ!!」


 危うく草にあたるところだった。

 いや、それどころじゃない。助手席に現れたババアは相変わらず尼さん服────じゃない───。


 アメリカの正式なヤツだ! ヒラヒラスカート黒のウルトラスリット太もも全開ニーハイタイツ黒スケスケのヤツだ! 更に、おっぱいのところは、ハートくり抜き谷間モロ見せタイプ。どこで買ったんだそれ! どこで買ったんだそれ! ん? その目隠しみたいなのはなんだ? なんだ?


「ババアてめぇ。帰ったんじゃなかったのか?」

「あたし、しつこいって……言ったじゃないですか……」


 ……ん?


「いや、もう用はないだろ」

「……用済みって……ことですか? ひどいよ……」


 ……ん? ちょっと待て。それは、小悪魔ビッチか? だとしたら、皆んなは「ひどぃよぉ、ひどぃよぉ」を待ってたんだ。裏切る気か?


「ちょっと待てババア。どうしたんだ? あんたのおかげでなんとかなったんだ。それでいいだろ……」

「そんなこと言ってるんじゃない!」

「じゃあ、なんなんだ?」

「お嬢じゃなきゃ……だめ……ですか?」

「………………」


 どういうことだ? 何を言ってるんだ? このババアは……。


「苛立ってるの……お嬢のせいですよね?」

「いや……違うんじゃないか?」

「誤魔化さないでよ!」

「別に、誤魔化してないだろ……」


 ん? その目隠しのヤツ……なんか見たことあるぞ? アレだ。なんかゲームのヤツだ! 知ってるぞソレ! プレステのヤツだ! プレステ3を買って『スケート2』というスケボーのゲームだけを5年くらいひたすらやり続けた俺でも分かるということは、有名なヤツだ。その目隠し太もも全開お姉さんは有名なヤツだ!


「だったら、お嬢のことは……どうでもいいってこと……ですよね?」

「別に、どうでもいいなんて言ってないだろ」

「ふーん」


 ふーんって。なんだ? 小悪魔感出してきやがった。目隠し太ももお姉さんはそういうヤツなのか? 小悪魔ビッチなのか? 信用していいんだな? なにしろ『スケート2』しかやったことないんだぞ俺は?


「あんた、何しに来たんだ?」

「別に? あたしの勝手じゃないですか」


 クソ……


「もしかして……気になってます? あたしのこと」

「あたりまえだろ! くそババア! これは俺の車だぞ?」

「ふーん」


 ババアは助手席のドアに頬杖を付き、ゆっくりと脚を組み替える。もちろん太ももは剥き出しだ。目隠しのせいで表情は読み取れない。


 クソ……


 やっぱり違くないか? 小悪魔と合ってない……その服はまだいい。たぶん、その目隠し……なんか違うぞ? ヤツらは目で殺してくるんだ。


「もう、遅いですよ。手遅れ」

「なにが?」

「別に?」

「…………」


 くそババア……。さてはノープランで来たな? 話が見えない。というか、たぶん特に話なんてない。おそらくだが……、その服以外何も持ち合わせてないんじゃないか? 俺は、そういうのにすぐ気づくタイプだからな?


「どうする気だ?」

「な、なにが?」

「なにがじゃねぇだろ。てめぇのその服だよ」


 ババアが何故かふふっと笑った。


「この服、気になります?」


 クソ……


 ババアが脚を組み替える。もはやパンツの横の紐まで見えている。





 水郷ラインは『草有り激狭ゾーン』に突入した。


「ねぇ、どうです? この服?」


 ババアめ。突破口を見つけたな? でも、こっちはそれどころじゃない……草が気になってしょうがないんだよ。


「……んっ……やだ……もぅ……」


 ハートのところに指を突っ込んで何かやってる。草と谷間中指抜き差しハートを交互に見てると非常に危ない。もはや、前は見えていない。こっちはハートどころじゃないんだよ。くそババア。


「なぁ、ババア。あんたはどう思ってるんだ? 本当はやり直した方がいいと思ってるんじゃないか?」

「別に? そんなことより……これ……みてくださいよ」


 クソ……ノープランのくせに人の計らいを無下にする気か? てめぇの服がクソデカハート背中丸見えタイプになってるからって、こっちはそれどころじゃねぇんだよ。あと、シートベルトをしろ。警察にでも止められてみろ、てめぇが乗ってるうえに拳銃所持だぞ?


「言いましたよね?……あれでよかったんですよ……」


 ババアが背中を向けながら目隠しをした顔で振り返る。

「……ぁん……最近……身体が硬くなっちゃったみたいなんですよね……運動不足かな?」


 ……ん? こいつ……髪型まで変えてきたのか。そりゃそうか、目隠しお姉さんは外巻きグリグリじゃしっくりこないもんな。まあ、しっくりもクソも人選ミスだけどな。そいつは小悪魔ビッチじゃないと思うんだ。





 激草ゾーンを抜けると富士見橋のセブンが見えてきた。もはや懐かしすら感じる。

 とりあえず、コーヒーでも買うため駐車場に入る。


「こんなところに止めて……どうする気ですか? 別に……構わないですけど……」


 俯いてハートに指を突っ込んでいるババアを無視して車を降りると、やっぱり暑い。10月半ばに熱帯夜だ。これはいつまで続くんだろう?


 店内に入ると、黒縁眼鏡の男の店員が愛想よく挨拶してきた。

 お手洗いで、先週切ったばっかのバーバースタイルでキメた髪を整えていると、黒縁の愛想のいい声が聞こえた。

 ありえないくらいキマっている髪に満足してお手洗いを出ると、店内に妙な緊張感が漂っていることに気づく。二、三人いる客は全員一点を見つめている。


 くそババア……


 おそらく、ここにいる全員がヤツから目を離したらヤバいと直感的に悟っている筈だ。

 知り合いだと思われるとマズいので、しれーっと缶コーヒーを持ってレジに行くと、缶コーヒーの横に『クエルボのゴールド』がゴンッと置かれた。

 横に立っていたババアが目隠しをした顔でニコッと笑った。

 








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