レイクサイド・アブソリュートカオスとThe Auntie is Not An Old Lady.The Girl is Just A Girl④
ふと、小型のユンボでも乗っているのかと思っていた左肩の重みが消えた。
目の前に立つガキの目線を追う。俺の左側。見上げるようにして流し目を送るガキが薄っすらと笑った。
落ち葉を踏み締めるように渇いた音を立てながら俺の肩をかすめて無言で前へ出るウィッチさん。微かにココナッツの匂いが鼻をつく。真っ直ぐに結ばれた唇、若干上がった右の眉と眉間のシワ、ガキを睨みつける横顔に「おい……」と問いかけるも返事はない。たいそう御立腹の様だ……ガキに……。
静かに睨み合うふたりの女。オレンジがかった陽の光を反射して波立つ水面。強目の風が足跡を残して吹き抜けていく。こんな場所で女子会を開催するんじゃない……。潮来の藪の中だぞ? ここはノンアルカクテルが豊富なオープンカフェでもなければ、自家製チーズフォンデュが人気のイタリアンバルでもない……。わけのわからない藪池広場で何をしてるんだあんた達は……。いいかげんにしろ。
「おい、ガキんちょ。お前分かってんだろ? バミューダだかなんだか、そんなぽっとでの連中知ったこっちゃねぇけど。あんたはこっち側の人間。能力者。いくらガキでも……アレだぞ?」
ガキは無表情で俺の顔をしばらく見つめ「悪いね。アンクルB・B……。ウチはまだ日本のルールにうとくてね。大目に見てよ」と、小さく笑い小首をかしげてみせる。
「日本のルールなんて関係ねぇだろ、くそガキ。スピリチュアル界隈のルール。お母さんに教わらなかったのか?」
ガキは「お互い様でしょ?」と、まるで子供の様な口ぶりだが、前髪を整える仕草は女子会を邪魔されて不機嫌になったお姉さんの様な振る舞いだ。
「ウィッチ・モンテカルロ。悪いね。わたしは自分の年齢を正確には知らないけど……。たぶんまだ、あんたと遊べる歳じゃない……。ああ、もしかして……日本では合法なのかな?」
くそガキ……。
もうダメだ……このマウント女子め。これ以上は取り返しのつかない事になる。
「……殺す」
どうやら手遅れの様だ……。
ハーフアップで纏めてあったはずのウィッチの髪が、背中の辺りまで下りていた。右手に握られた赤いバンダナが風に揺れている。斜に構えてウィッチを見上げたガキはお馴染みの薄ら笑いを浮かべる。いくらガキでも知らない筈はない。というか、もう知らなかったじゃ済まされない。
────「殺す」
耳鳴りはしない……反スピリットのせいか?
────「殺す」
でも、なんか熱い……空気が熱い。なにこれ?
────「殺す」
ガキが池の対岸を見ながら手を上げている。
────「殺す」
池の対岸にいたバミューダの二人が歩き始めた。
ちんたら歩いているところをみると、恐らく状況はよく分かっていない。
バミューダに気を取られていたら、いつのまにかガキの背後に着いていたウィッチがガキの上げている右腕を掴むと片手で持ち上げた。ガキの黒いエナメルを履いた足が地面から1メートルほど浮いている。
「……ッ……痛いよ……おねぇちゃん……」
宙ぶらりになったガキが苦痛に顔を歪め、まるで子供のような今にも泣き出しそうな声を上げる。
くそガキ、もう手遅れだ。なんでこうなったと思ってんだバカ。俺のせいじゃないからな……たぶん。
でも、このままじゃマズいな……ガキが殺られる。バンダナを外してからそう時間は経っていない……まだ間に合うか?
「おい、ウィッチ落ち着け。とりあえずガキを降ろせ。な?」
なるべく刺激を与えないよう冷静かつ慎重に、競馬場から逃げ出したサラブレッドを捕獲するかの様に、荒川の土手に突如出現したイノシシを捕獲するかの如く────ガキを持ち上げたウィッチの左腕を掴む。
────!?
ふぉぉおー!?熱い、尋常じゃない熱さだ。
咄嗟に手を離し、手のひらを見ると薄っすらと白い煙りのようなものが上がっている。
どうなってんだ……これ?
「殺す」
────!?
ウィッチがガキを掴んだまま、俺の胸元に右手を当てた。腕の熱さとは対称的に、やけに冷たくひんやりとした感触が伝わる。数秒のあいだ触れ続けた冷たい手はなんだか妙に優しくて、正気を取り戻したのかと思い気を緩める。
「ガキを降ろせ」
もう一度ゆっくりとガキを掴んだ腕に手を置く、ウィッチはニコッと笑い胸元に当てた指先をわずかに動かすと────なにかした。
──────意識が飛びそうなほどの強い衝撃を受け、体が宙に浮いているのが分かる。
一瞬、オレンジがかった空が見え、すぐに正面から地面に叩き付けられる。
落ち葉に埋まった顔を上げると池の淵でガキを掴み上げたウィッチの姿が見える。どうやら20メートルほど吹っ飛ばされたようだ。
クソ……このままだとガキだけじゃ済まなくなる。そういや、バンダナ……バンダナはどこだ?
起き上がろうとしたが、痛い……あばら折れたんじゃねぇかこれ?…………。
うつ伏せのままバンダナを探すが、見当たらない……。
ふと、池の方に目をやると……ど真ん中に赤いバンダナが浮いているのが、かろうじて見える。
クソ……あんなもん取りに行ってる時間はない。
何か他にないかと辺りを見渡すと、ガキを持ち上げたウィッチの横で、腰を抜かしているバスプロが目に入る。
アレだ!! アイツの帽子──────
なんとか起き上がり、ふらつく足で歩き始めたとき、ガキの笑い声が聞こえた。
ガキに目をやるとウィッチに掴まれた腕とは逆の手でワンピースの裾をめくり上げている。
────!?
ガキの左脚に括り付けられたホルスターに、バカでかいリボルバーが収まっていた。
……いや、とんでもねぇもん持ってんじゃねぇか……なんだあれ? グリズリーでも狩りにきたのか? あとでテディベアでも買ってやるから……そんなもんしまっといてくれ……。
鏡面に仕上げられたシルバーのフレームが、強い西日を受けて光り輝いている。ガキは銃身に手を這わせグリップの位置を確認すると、リボルバーを手に取り、ウィッチの眉間に突き付けた。
「……おねぇちゃん……手ぶらで来るわけないだろ?……」
プラチナブロンドの髪が顔にかかり、表情ははっきりと見えないが、口元は薄っすらと笑っている。
ウィッチは微動だにしない。えらく冷たい目のままガキを見据える。
あのガキ……本気か? あんなもんぶっ放されたら……ウィッチの頭が吹っ飛んじまう……。
クソ……間に合わない。
「おい!! バスプロ!! 帽子だ!! お前の帽子を被せろ!!」
バスプロは慌てて俺の方を振り向き、うんうんうんと頷くと帽子を手に取り、片膝をついた。
「ボス!!」
声のした方を見ると、最終コーナーを曲がったバミューダの二人が駆け寄って来るのが見えた。
ボスって……
そういや、オーストラリアの亜式フレア……やったのはコイツらだったか? たしか、ガキの部隊がどうのこうのってリビエラが言ってたな。
ボスって……てことは、撃つよな?……あのガキ……クソ。
ウィッチは? ガキの腕掴んだまま固まってるとこ見ると、多少の理性は保ってるみたいだな。
じゃなきゃ、とっくに殺っちまってるだろ……。
クソ……バミューダめ。遅ぇんだよ。
もっと早く来い、馬鹿野郎。このままだと、ガキかウィッチか、どっちかが死ぬぞ……できれば、ガキも──────
──────もはや最後の頼み綱と言ってもいいバスプロが立ち上がった勢いでそのまま帽子を被せた…………ガキに。
──────!?
クソ……もうダメか?
────「殺す」
ウィッチがガキの胸に右手を当てる。
「Покапока......девушка......」
ガキは、ふふっと笑い──────
────────引き金を引いた。
銃声なんてレベルじゃない爆発音に近い音が鳴り響く
銃口が閃光を放ちウィッチを包み込むように白煙が噴き上がる
ガキは反動で宙を舞い5メートルほど先に転がっている
目の前の出来事にしばらく呆然としていたら、耳鳴りが止んで、なんだかあばらが痛いことを思い出す。
胸の辺りを触ってみたら、まだ少し、冷たい手の感触が残っていた。
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