超高高度亜音速飛行とギャングスタパーティー②
振り返って入り口の横に掛けてあるルート66の標識を模した時計を見ると0時を指している。ババアが動いてから1時間ほど経つがなんの音沙汰もない。
「うーん……婆さんが磁界を張っていないとして、高次元から出てくればチャネル場に反応があるはずなんだけど……低級チャネラーの弱い反応しか出てないね」
パソコンの画面を見つめ腕組みをするワンハンドレッド。ババアはまだ引きこもっている様だ。おそらく今チャネル場に入ってるようなチャネラーは何も事情を知らないひよっ子か、馬鹿で間違いない。
「あたしの座標デバイスにも反応は無いよ」
ウィッチがワンハンドレッドに設定してもらった座標デバイスの画面を自慢げに見せてくれた。
「このデバイスはね、裏宇宙のチャネル場でチャネラーが何かすれば、表の座標がわかるんだよ」
ウィッチが自慢げに教えてくれた。
「しかも、コレはマルコスKの最新モデルだから、美しい3Dモデルで再現された表宇宙を指先だけで自由に飛び回れる……のであーる!」
黒いダックテールと赤いバンダナで顔を覆ったウィッチが、デバイスが入っていた箱に書いてある能書きを、自慢げに読んでくれた。
「ほう。そいつは────」
スゴイな、と言いかけたとき、ワンハンドレッドのパソコンからピロンと音が鳴った。同時にウィッチのデバイスからも「ポーン」と、なにやら気の抜けた音が聞こえた。ウィッチさんは今までうんともすんとも言わなかったデバイスからの急なお知らせに驚いてしまったのか「ふぉう!?」と間抜けな声を出してデバイスを床に落としてしまった。
「来たか?」
「ああ、ん? すぐにチャネル場を出た。柏に戻ったみたいだね」
ウィッチさんはしゃがみ込んで足元に転がったデバイスを拾うと「て、ことはつまり……アレですな」となにやら知ったような口振りをしてみせたが、パンツが見えそうだ。
「時間操作が完了したんじゃないかな」
ワンハンドレッドの見解を聞くなり、ウィッチさんはニヤニヤしながら座標デバイスを確認すると、ウンウンと頷いている。もちろんパンツはまだ見えそうだし、ニーハイはズリ落ちて膝は剥き出しである。
しかも、しゃがみ込んでいるもんだから膝小僧が強調されてしまって、直視出来るような状況ではない。
どうなってんだあんたは……。そんなにだらしなく膝を出してしまって……。いいかげんにしろ。だいたい何なんだそのニーハイは。何故そんなにすぐズリ落ちてしまうんだ……。
ワンピースはパツパツのくせにニーハイはダルダルじゃバランスが悪いことこの上ないだろうが。
ことあるごとに膝を見せつけられる俺の身にもなってみろ。
もういっそのこと脱いで来い。脱いで──ん? そ、そうだ……俺は元々『太もも剥き出し派』だったはず……。何故こんなにニーハイにとらわれていたんだ。太ももは出してなんぼ────
「────ねぇ。B・B?」
「ん?」
いつのまにか妙な距離感で横に立っていたウィッチさんが俺の顔の前で手を振っていた。そして、いつのまにかニーハイは引き上げられ、いい感じに太ももに食い込んでいる。
「なにぼーっとしてんの?」
ふと、我に返り「時間操作」という言葉を思い出し口をついた言葉は「い、今何時だ!?」。我ながらとんだ間抜けじゃないか。
「0時半だよ!」
ルート66の時計を見上げてウィッチが大声を上げた。クソ……こんなに近くにいるのに何故そんな大声を出すんだ。びっくりするじゃ──0時半?
「いや、待て……。今日は何日だ?」
ワンハンドレッドがパソコンの画面に目をやり「10月12日……」と首を傾げる。
頭をフル回転させてる考える。
「何……年だ?」
「2019年」
「……平成何年だ?」
ワンハンドレッドがパソコンをカタカタやり「令和元年」と、なんだか少しドヤってみせた。この豚め。
頭をフル回転させる。
イカれた距離感で俺の横に立っているウィッチさんの様子を伺う。なんと、少しズリ落ちたニーハイを引っ張り上げているではないか。
クソ……どうなってんだソレは……。さっきはあんなにいい感じに食い込んでたじゃないか。何故すぐズリ落ちてしまうんだ。もういいから脱いで来い。
「おい、お前ソレ……脱いで────」
「────そうだ!!ワラ人形!!」
俺の真横で右脚のニーハイに手をかけ「なに?」と、下から薄睨みをきかせてくるダックテールにバンダナ。まるでアメリカの札付きの悪のようなウィッチさんと目が合っている一触即発の状態にも関わらず、ワンハンドレッドが急に大声を上げた。
「黒こげ!」
今度はウィッチが大声を出した。みっつ並べて置いてあったワラ人形が真っ黒になり細い煙りをあげている。
「消滅はしてないな……」
「うん、でも何かされたのは間違いないね……」
ウィッチさんは『裏宇宙座標特定デバイス』を取り出すと「ワンちゃん? これどうやってカメラにするの?」とワンハンドレッドに画面を見せながらあーでもないこーでもないとやり始めた。『黒こげワラ人形(笑)』つって、インスタにでもあげる気なのだろうか?
クソ暑い湿気った夜空を見上げていると、カランコロンとレトロな音が鳴り響く。眠そうに目を擦りながらワンハンドレッドが見送りに出てきた。
「大手も婆さんのこと見てたはずだよ?」
「ん? ああ、そうだろうな」
目を擦り過ぎて瞬きの回数が異常になっている豚眼鏡を尻目に、もう一度空を見渡す。今日は宇宙マーケットの駐車スペースから月は見えないようだ。
「ワンちゃん今日はまだ仕事?」
「今日は早起きしたんで眠くて……店じまいです」
「そう? お疲れね?」
ウィッチさんはワンハンドレッドの肩に両手を当てると、顔を覗き込み首を傾げる。あの仕草、そしてあのイカれた距離感。まるで小料理屋のママのようだ。
「そうだ、ウィッチさん。あのデバイス、使うときは磁界を張ってくださいね。少しだけど宇宙エネルギーが放出されてますから」
ローダウンされた黒いジョーカーにまたがりながらウィッチが「おーけぃ」と答える。
「そういえば、ババアがコソコソやってるとき、チャネル場に入ったヤツはいたのか?」
「コソコソって。いや、ボクのパソコンに反応してたのは事情を知らない低級チャネラーくらいかな」
「あたしのデバイスに反応してたのも雑魚だけだよ」
ウィッチはジョーカーにまたがったままサイドスタンドを外し地面を蹴ると、俺とワンハンドレッドの前までスーッと近寄って来る。
ん?……
ウィッチさんはまだ口元にバンダナを巻いていらっしゃる。この馬鹿め。馴染んでしまって気づいてないな? この馬鹿め。馬鹿はキュッとブレーキをかけるとワンハンドレッドの前で止まり、顔を見上げてヘルメットを人差し指でコツコツと叩いた。
「ええ、もちろん。ちゃんと見てましたよ。あいにくボクは『ログ』を持たない主義だから、どこの誰かは分かりませんが。まぁ……『ネーム』があるような連中じゃなさそうだけど……それなりのチャネラーがチラホラといましたね。あと、『インビジブル』も……いたでしょうね……」
「見えないチャネラーねぇ」
「引退したシャーマンより強いチャネラーなんていくらでもいるだろ?」
「まぁ、君やウィッチさんのことも見つけられないくらいだからね……」
「それでは諸君ご機嫌よう」
ローダウンされた黒ジョーカーの脇に立ち、頭には艶消し黒のダックテール。口元にはペイズリーの赤いバンダナ、おそらくワンサイズ小さい水色のミニ丈ワンピに、限界まで引き上げられた緑と黒のボーダーのニーハイ。言い忘れていましたが二の腕はもちろん剥き出しです。というイカれた出で立ちの女が、直立不動の敬礼をキメている。
「…………」
「…………」
警察に捕まるのではないだろうか?
「……気をつけて帰れよ?」
「うぃっ!!」
ウィッチは右手を額にあてたまま、近所に響きわたる様なバカでかい声でイカれた返事をすると、軍人のような動きで回れ右をしてジョーカーにまたがり、通りに向かって走りはじめる。
「アイツ、あの格好のまま帰っちまったぞ」
「君も、いつまでタオルを巻いているつもりだい?」
ワンハンドレッドが丸眼鏡を外して眠そうに目を擦っている。口元に巻いたタオルを外すと、カストロの匂いがした。
タオルを丸めてワンハンドレッドに返し「んじゃ、俺も帰るかな」と、ポケットから車の鍵を取り出そうとしたとき、クソ暑い夜空に「キュッ」という自転車のブレーキ音が響き渡った。
「 Shit......Watch where you're driving ! Fuckin' bitch !!」
「 Oh, sorry, men. But, shut the fuck up. Mother......fucker !!」
声がした交差点のほうに目をやると、ウィッチが中指を立てながら左折していくのが見えた。
────お天気コーナーが終わり画面がスタジオに切り替わる。やはり、目覚ましお天気はカヤちゃんじゃないとしっくりこない。カーナビをHDDに切り替えしばらく走ると利根川が見えてくる。2Pacの『……なんとかモスト・ウォンテッド……』とか、そんな名前の曲が流れ始め────6号から利根水郷ラインに入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます