第10章
レイクサイド・アブソリュートカオスとThe Auntie is Not An Old Lady.The Girl is Just A Girl
派手な服着た風俗嬢みてぇなのが、アルビノのガキに水色ワンピース着せて朝からバスで出勤ってのも、おかしな話だとは思っていた。
でも、「いない」と言われると、やっぱり心が痛む。
できれば、お母さんであってほしかった。
できれば、ほとんど家に帰らず娘にも無関心な旦那に嫌気がさして別れたものの、身内からも邪険にされ行くあてもなく、娘を連れて辿りついた南越谷の地で健気に───────────
まぁ、「あのお母さん」が誰なのか、というか、何なのかはあまり聞く気はしない。
おそらく、バミューダの事務のお姉さんってことはないだろう。そもそも、意識のある人間なのか、あるいは…………人であればまだマシか……。
大手のスピリチュアル企業や大昔からある老舗、土着系、民族系なんかであれば、なんとか倫理委員会やら御法度、禁忌にタブーなんて言いだして手を出さない領域ってのがある。だが、コイツらみたいな連中にそんなもんが通用するはずない。
とはいえ、個人でやってるヤツらも似たようなことはしている。
スピリチュアル界隈では、よくあること……ではないが、ないこともない話だ。
とりあえず、この場をやり過ごそうと黙っていたら、ガキが話しはじめる。
「子供がひとりで行動するのは……色々面倒でね。かといって、ウチの連中も結構忙しくてさ……わざわざ、わたしの野暮用に付き合わすのも悪いだろ?……だから、お母さんがいないと不便なんだ……でも、ここには連れて来れない……初めてここに来たときは焦ったよ。お母さんが大変なことになってしまってね」
お母さんは、そういうものじゃない。余計なことを言わなければよかった……。
「あのお母さんは……8人目なんだ───」
よっぽどお喋りしたかったのか、ガキはお母さんのことを話し続けている。
ガキがぶっとんだ『お母さん理論』を展開しているにも関わらずウィッチは、一生懸命喋っている親戚の子供を見るような目をして、うんうんと頷いている。
バスプロはサングラス越しにも分かるほど狼狽えた目で俺の顔を見ている。「B・Bさん。あの可愛らしい女の子は何の話をしてるんだい?」と聞きたいようだ。首をかしげてみせると、うんうんうんと何度も頷きどこか遠くの方を見始めた。
「お母さんのこと……まだ聞きたい?」
もういい、お母さんの話はもういい、俺が悪かったよ……。
「あなた達はここで何をしてるの?」
ただの親戚の叔母さんかと思っていたが、場の空気を読んでウィッチが話題を変えようとしている。
コイツ……中々できる女じゃないか……。
「ウィッチ・モンテカルロ……おかしなことを聞くね……知ってるだろ?」
ガキが、コイツは何を聞いてるんだ?と言いたげに俺のことを見てくる。いや、ガキよ。ウィッチさんをみくびるな……。こいつは何も知らないぞ。何も知らないままここまで来たんだ。なんなら、お前のインパクトが強すぎて「監視」なんて言葉は吹っ飛んでらっしゃる。「何してるの?」って訊いちゃったからな……直に。もちろん、俺も何も知らない。
お前は我々のことをご存知のようだけど、こっちはお前がいったい何者なのかも分かってないからな? にも関わらずお前のお母さんのことには詳しくなってしまったよ。まるで不思議の国に迷い込んだ気分──────
まだ俺の顔色を伺っているガキに黙って首を振ってみせると、何か察したのか「あんたらは……なにしに来たの?」と言いたげに、何度か瞬きをして再びウィッチの方へ向き直した。
クソ……随分とこまっしゃくれたガキだ。背丈なんて俺の半分ほど……よりはやや高い。眩しそうに見上げた目を細めると真っ白いまつ毛が薄紫色の瞳を覆う。その大人びた口調も生まれつきか? 知ったこっちゃねぇけど……。目上の人間は敬え。くそガキ。
「もしかして、池の水……あなた達が抜くの?」
ウィッチが膝に手を置き中腰になってガキに尋ねた。
ガキは首をかしげ、薄紫色の瞳でウィッチの目をじーっと見つめると、ふふふっと笑う。
「あんた……見かけによらず、頭は回るんだね」
ウィッチさんの脚、剥き出しの太もも、なんだか丈の短いTシャツ、2、3週間前に「ミルクティーアッシュブラウン」で染めたと仰っていたグリグリの巻き髪、おでこの上で結んだギャングみたいな赤いバンダナ。ガキは下から順に見上げていくと、可愛らしくえくぼを作ってみせた。
やっぱり、子供でも分かるようだ。あのジャングル生まれみたいな短パンは「そういう人」しか履かないと……。
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