第2章
絶対領域と冷えたシャンパン
朝8時、ファミマの駐車場からクラクションの音が鳴り響く。レジのおばちゃんが不思議そうに外を見ている。お釣りを受け取り小走りで外に出ると、やはり俺の車だ。
運転席のドアを開けイグニッションを回すとクラクションが鳴り止む。アメ車だからなのか、そもそもこの車がイカれているのか分からないが、たまにこういうことが起こる。外に出て来て怪訝そうな表情のおばちゃんとフロントガラス越しに目が合うと、おばちゃんは薄ら笑みを浮かべ店内へ戻っていった。
ふと、別の視線を感じ道路の向かいにあるバス停に目をやると、母親に手を引かれた子供がこちらを見ていた。まるで着せ替え人形の様な水色のワンピースを着せられた、おかっぱ頭の小さな女の子。
クラクションの音に驚いたのか?……
「悪いね」と呟き、コーヒーでも飲もうと助手席に置いたレジ袋に視線を移した時、少女の唇が微かに動いたのが分かった。もう一度少女の方に目を向ける。母親と話しているわけではない、視線は俺の方に向けている。朝の通勤時間。たまに見かける緑の古いダッジバンが、少女の姿を一瞬遮る。
相変わらず視線を逸らそうとしない水色ワンピースのガキ。今度は唇を動かさず、俺の耳元に直接声を飛ばしてきた。
「あーあーハローハロー?」
クソ……能力者か……
「アンクルB・B。越谷に居たんだね。1週間前、あんたのチャネルが裏で確認できた」
トーキング……どこのシャーマンだ?……
「オーストラリア、大変だったね。てっきり飛んだか消えたか……さすがにあんたは死んだり……しないか?」
オーストラリア? コイツ……ターミナか?……いや、ありえないか……
「台風だけどウチでもらうよ? あの台風はどこにも上陸させない。小さな池を消し飛ばすなんて野蛮なことはしないんだ……ウチは……」
上陸させない?池のことも知ってるのか?……
北越谷駅行きのバスが到着した。バスに乗り込む母親の姿が窓越しに確認できる。ガキもたぶん乗車しているはず。
子供……それにあの母親……。サイドミラーに紫のニッカポッカを履いた男の姿が写る。エンジンを掛け直し出発したバスを目で追う。リアガラスの下に貼られたUNOの広告が朝日を受けて輝いている。ブラックコーヒーをひと口飲むと、透き通るような声がまた、耳元で聞こえた。
「あーあー、そうそう大丈夫。私は普通の子供。ケガレタ瞳は持ってない……バミューダの海は綺麗なモノしか受け入れないから」
なんだそれは……ガキのくせに格好つけるんじゃない。ケガレタ瞳?邪眼のことか? 別に端から普通のガキだと思っていましたが? なにを格好つけてんだバカ。だいたい、邪眼がこんなとこウロウロしてるわけねぇだろ……ここは越谷だぞ。
しばらく耳を澄ましてじーっとしていたが、ガキの声はもう聞こえてこなかった。ある程度の距離まで離れたのか、もう話すことはないのか、どちらにしても少し寂しくなってしまったのは言うまでもない。
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