極東ラビリンスと勇み立ちたる兵②
稲敷方面から霞ヶ浦の土手道を北上し和田ワンドに着くと三人ほどバサーの姿があった。全く釣れている様子がない。とりあえず、一番手前にいるサングラスをかけて黒いハンチングを被った男に声をかけてみることした。
「釣れますか?」
「いやぁ、れんれんれふね」
────!?
一人目からとんでもない歯抜けに声をかけてしまった。
「ちょ、ちょっと聞きたいんだけどいいかい?」
「なんれふ?」
「あ、いや……。潮来で池の水が抜かれると聞いたんだけど、どこの池か知ってるかい?」
「んぁ? いけのみどぅれふか? あぁ、ほういえばほんなふぁなふぃ、きいたけぼ、ばふょまべはちょっと、ばぁかんないれふね」
すげぇや……
「そ、そうか邪魔してすまない」
その後、残りのバザーにも聞いたが、やはり水抜きの話は知っているが場所までは分からないと口を揃える。結局、西の洲の水門まで来たが、らちがあかないのでやはり潮来方面へむかうことにした。
日も登り、だんだんと気温も上がり始め、途中で見かけたファミマ稲敷店に立ち寄ってファミマフラッペを買ってみた。
ラズベリーなんとかという、見た目はとても美味しそうに見えたのだが、なんだか味が薄くてとてもじゃないが美味しいとは言い難い。「甘酸っぱくて美味しい」なんて書いてあったが……これはなんだ? でも、ファミマさんがこんな物を堂々と売っているとは思えない、俺の舌がどうかしているのかもしれない……。
それにしても何故アイスにお湯を注ぐ必要があるのだろうか? あれではアイスが溶けてしまうし、溶けた液体がカップから溢れてしまった。どうも腑に落ちない……。
味の薄いファミマフラッぺを全部飲み干すと、潮来駅周辺までたどり着いた。ガード下の信号で止まっていると、対向車線に硬派な書体で『大日本帝國』と書かれた艶消し黒の大型バスがいらっしゃった。タバコを吸うために開けた窓の隙間から大音量で『あぁ、紅の血は燃ゆる』が聴こえる。
常陸利根なども周っててみたが、やはりどのバサーも池の水が抜かれるのは知っているが場所までは知らないと言う。いったい何処の池なんだ?……。
池が見つからないなら池に行けばいいと考え。カーナビでそれらしい池を探し向かってみた。カーナビの指示どうりに進んでいると何らや住宅街を抜けて鬱蒼とした小さな池にたどり着いた。車二台分くらい止められるスペースに一台、ガチガチにカスタムされた古いジムニーが止まっている。空いたスペースに車をねじ込んで池まで歩いていくと、対岸にバサーの姿が見えた。
黒いコンバットブーツを履き、迷彩のカーゴパンツ、薄手のデニムシャツに偏光サングラス、頭に黒いバンダナを巻き、ヒップバッグにベイトロッド2本スピニングロッド2本を差し、右手にベイトロッド1本を持ったまるで侍のような男がロッドをシェイクさせている。俺の存在に気づくと男は無言で軽く会釈をした。俺もつられて会釈を返す。
一瞬、小さな池の空気がピンと張り詰めた気がした。
男はすぐに水面へと視線を落としシェイクを再開する。俺はその男の水辺に気配なく立たずむ圧倒的な存在感に少し怯んだが、声をかけてみることにした。
「釣れますか?」
「……いいや、まだだね」
男は低く掠れた声で釣果を報告してくれたが、水面からは目を離さずゆっくりと首を横に振る。
「ここにはブラックバスは居るのかい?」
「……昔は居たよ。今日は久々に来た。ここも随分と変わっちまった。水草が見当たらない」
男は回収したルアーをまた、水面に張り出した木の根元へ投げ入れる。大人が歩いて周れば10分程で一周出来そうな小さな池。住宅街のど真ん中にあるにも関わらず、何故か鬱蒼とした草木に覆われ神聖な雰囲気すら漂う。
「水草?」
「……ああ」
男が少しズレたサングラスを左手で正す。常人とは思えないほどの立派な体躯を携えた男はリールを素早く巻き取るとルアーを回収し、腰に差した二本のベイトロッドへ右手を這わす。一際太いエクストラへビーと思われる極太のベイトロッドに持ち替えた男は、池の淵を歩き始める。
「ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
男の背中に声を掛けると、一瞬立ち止まり「……ああ」とひと言発し再び歩き始める。一歩歩くたびに男のヒップバッグが、ガシャッ、ガシャッ、と揺れる。まるで山岳行軍中の鎧武者の様なイカつい音が小さな池に響き渡る。
しばらく男の後を着いていくと、侍は池の角で立ち止まり、木の枝が覆い被さる対角の岸へと狙いを定めロッドをしならせる。キャストされたルアーが水面ギリギリの低い弾道を描き狭いオーバーハングの隙間へと、吸い込まれていく……と、思われたが。とんでもない勢いで木の枝のど真ん中へと突き刺さった。ラインが枝に引っかかりルアーが3回転程クルクルと円を描き、もはや回収不可能……と、思われたが。男は極太のロッドで強引に木の枝ごとぶち抜き、リールを巻き取るとルアーを回収した。
「い、潮来の池で水が抜かれるという話を知ってるか?」
男は悪びれる様子もなく左手に持った枯れ枝を草むらへとぶん投げながら「……ああ、そんな話を聞いたな」と口を開く。
「どこの池か分かるか?」
「ああ、たしか前川の方だったな。よく釣れる池だ」
「ほ……本当か!? 本当に場所を知ってるのか!?」
ズレたサングラスを正しながら「そんなことで嘘を付いてどうする」と、お前が聞いてきたんだろ?とでも言いたげに男は鼻で笑った。
「すまない。詳しい場所をおしえてくれないか?」
「……かまわないが、聞いてどうするんだ?」
「いや、ちょっとな……」
男はまた鼻で笑うと、渋い声で話を始めた。
「俺は霞水系で20年以上バス釣りをしている。あの池も何度か行ったことがある。いい池だ。水が抜かれると多くのブラックバスが死ぬだろうな。悲しいことだ。だが、ヤツらは外来種だ。日本に居ていい魚じゃない」
在来種も死ぬのでは?と思ったが、口には出さず「そうだな」と相槌をうっておいた。
「俺はあくまでも趣味でバス釣りをしている。ブラックバスを釣って生計を立てているわけじゃない」
なんの話だ?……
「外来種であるブラックバスをあてにして生計を立てている連中が騒ぎ立てているようだが、趣味でバス釣りをしている俺たちサンデーバサーにまでリスクを負わせようとしているのは気に入らないな」
侍の口から飛び出したサンデーバサーという言葉に少し動揺してしまったが「そ、そうだな」と相槌をうっておいた。
「ロッドを持っていないようだが、君もバス釣りをするんだろ?」
「まぁ、たまにな」
「見れば分かる……釣り師の目をしている、君は」
なんの話だ?……倒置法まで使って、こいつはいったい何を言ってるんだ?
侍はポケットから最新のスマホを取り出すと、地図アプリを開いて例の池の場所を丁寧に教えてくれた。
「すまない。助かったよ」
「……なに、気にするな」
侍に別れを告げ、駐車スペースへ向かって歩いていると背中越しに「シュッ」とロッドを振る音が何度か聞こえた。車に乗り込む前に池の対岸に居る侍の姿をもう一度振り返って見ると、真上に昇った太陽の光を────五本のロッドが細く反射していた。
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