第4章

極東ラビリンスと勇み立ちたる兵

 


 木下きおろしの交差点を越え、しばらく走っているが、富士見橋のセブンがなかなか見えてこない。何度も通っている道ではあるが自分が今どの辺にいるのか、いまいち分からない。空は既に朝マズメとは言えないくらい明るくなってきた。


 直射日光が眩しい。グローブボックスから偏光へんこうサングラスを取り出す。今日も暑くなりそうだな……。

 10月も半ばに差し掛かろうとしているが連日夏日を記録している。異常気象だろうか? 


 昨日、ババアが何かやったあと、ワンハンドレッドがネットニュースを片っ端から閲覧していると、『太平洋南海上、赤道付近で同時にふたつの台風が発生』という記事を見つけた。記事の作成日は10月11日の昼頃、つまり昨日ババアが台風を発生させた頃だ。

 俺が台風を発生させたのは10月4日。そして今日、10月12日に、台風が関東に上陸するはずだった。しかし、空には雲ひとつない青空が広がっている。俺の台風が消えて、ババアの台風と更にもうひとつの台風が発生したわけだ。


 おそらく、もうひとつの台風は俺の台風であってババアのではない。だから、ババアのやつの隣にあるやつは俺のやつである。ということは、ババアのやつの隣のやつはババアのではない。つまり、俺のやつは俺のやつになったのである。だが、俺のやつは、おそらく俺のやつなので、俺のやつは、おそらく俺のやつになった、と言ったほうがいい。


 ややこしい事になっているが、スピリチュアル界隈ではよくあることだ。特に『邪眼持ちのシャーマン』が出てきた時は。

 

 超常的存在管轄機関、第1ターミナル特殊能力保持者等監視部、特別監視対象及び、同機関、第13ターミナル超常的特殊災害等有事発生時対策部、特別客員。


 特殊能力保持者識別名『ゴルマリア』


 ババアは、現在日本国内で唯一確認されている邪眼を持ったシャーマンである。まぁ、例の子供たちを除けばの話だが。





 短パンのポケットに入れたスマホが鳴りだした。ちょうど富士見橋のセブンが見えたので、駐車場に入りワンハンドレッドからの電話に出る。


『もしもし。B・Bかい?』


「ああ。ずいぶん早起きだな?」


『いや、トイレを我慢したまま寝たもんだから何度も目が覚めちゃってね』


 何を言ってるんだ……コイツは?


『マズいことに気がついたんだ』


「何だ?」


『婆さんが、B・B台風の時間を巻き戻しただろ? そうなると、台風が来るのはしばらく先になる。てことは、例の池の水が抜かれてしまうんじゃないかな?』


「ああ、そうなるな」


『そうなるなって……どうするんだい? あのバスプロからは前金を貰っちゃってるんだぞ? 返すかい?』


「まぁ、何とかするよ。今、潮来いたこに向かってるところだ」


『え? 何だ、君も気がついてたんだね?』


「あたりまえだ。俺は受けた依頼は必ず遂行する。ビジネスマンの鑑だからな」


『で、何か手はあるのかい?』


「ん? ま、まあな」


『…………』


「だ、大丈夫だ。任せておけ」


『…………』


「ところで、ひとつ聞きたいんだが……」


『……何だい?』


「水が抜かれる池はどこにあるんだ?」


『さあ?』





 富士見橋のセブンを出てしばらく走っているが、こうざきの里がなかなか見えてこない。いまいち自分がどの辺にいるのかわからない。


 左手に見え隠れする利根川をバスボートが頻繁に行き来している。いくつか水門を越えると排水機場が見えてきた。右手に流れる根木名川河口を眺めると、川岸にスナイパーボーイのTシャツを着たバサーが、釣りをしている姿が見える。大物でもかかったのかロッドが弧を描いている。


 途中、橋を渡って茨城県に入りしばらく走っているが、牛堀がなかなかでてこない。迷ったわけでも道を間違えたわけでもない。ひたすら真っ直ぐ走ってきただけだ。カーナビには霞ヶ浦もすぐ近くに映っている。にも関わらず牛堀になかなか辿り着けない。


 無駄に広い関東の外れの道をひたすら進む。茨城県が誇る水郷エリア、バス釣りのメッカ霞ヶ浦水系。川沿いを走ると、いたるところにバサーの姿を見かける様になってきた。

 10月の半ばともなればバス釣りのハイシーズンである。この時期になぜ池の水を抜こうなんて考えたのだろうか? 真冬にでもやればよかったものを、正気とは思えない。


 実際、テレビ番組の企画に許可を出した潮来市役所には、一般の釣り人や周辺の飲食店などから、抗議の電話やメールが殺到しているようだ。それにしても、地元の人間ならまだしも、一般の釣り人たちは、水が抜かれる池の場所を知っているのだろうか? 


 まぁ、いずれにしろ俺には都合がいい時期ではあったのだが、ババアのせいでだいなしである。そもそも、俺が台風を発生させたのは水を抜かれる池の場所が分からなかった、というのがひとつの理由でもある。池を消し飛ばす、とまでは言わないが、当日に台風が来ていれば水抜きロケは中止になるだろうと考えたのだ。


 だが、今考えるとロケの撮影日は日曜日、つまり明日なのである。ということは、もし今日、俺の台風が上陸していたら明日は台風一過で快晴になっていたのではないだろうか? 危ないところだった。


 では何故、今日、俺が潮来に向かっているのか?

 

 実は、お手洗いを我慢したまま寝たせいで、夜中に目が覚めたときに気がついたのだが、重要なのは今日なのである……たぶん。いや、池の水を抜くための準備は、絶対今日行われるはず。なんならもう半分くらい抜かれている可能性すらある。ていうか、池の水ってどうやって抜くんだ? それこそ、ファンタジーみたいじゃないか……。


 まぁ、とにかく現場に行ってみるしか手がないわけだが、池の場所の手がかりが潮来の『ブラックバスが沢山釣れる池』という情報しかない。とにかく、先ずは情報収集をしなければならない。


 ブラックバスとなれば、もうバサーしかいないということで、ブラックバスは大して釣れないわりにバサーだけは沢山いる、霞ヶ浦本湖へ向かうことにした。









 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る