第14章

ファック・ザ・ポリスとこの世の全て


 横でウィッチが瞬きひとつせず、ガキの目を見ている。


 ────ゼロ距離で────





「ガラはダルマでいい? 何処に行きたい? 中国? 白いダルマは縁起が良いらしいよ……」


 なんだかよく分からないけど、ガキの目玉は無事みたいだ。俺の記憶が確かなら、ここから最悪の事態に陥る。


 いや、それどころじゃない。くそババア……なんでここからなんだ馬鹿野郎!! もう手遅れのやつじゃねぇか! だいたい、ババアはどこ行ったんだ? 一緒に来てくれるって言ったじゃ────


 ほらみろ、ウィッチ・モンテカルロが見てる。俺のことを見てる。もう手遅れだよコレ。叔母さんがどうのこうのって馬鹿なこと言っちゃってるよコレ。せめて、ガキの売春婦発言の前に戻せ。くそババア……。


「ねぇ、B・B? おばさんって誰のこと?」


 ウィッチ・モンテカルロが妙な距離感で詰め寄ってきた。相変わらず太ももは剥き出しだ。


 クソ……マズいぞ……このままだと二の舞を演じることになる。このあと、どうなるんだっけ? 俺がなんか言うのか? セクシー女優のくだりか? あれはまだだよな? とりあえず黙ってりゃなんとか───

 いや、ダメだ。ガキだ。確かガキが余計なことを言うはず。ガキをなんとかしないと……。


 ガキの方に目をやると、今にも何か言い出しそうな顔でウィッチを見上げていた。マズい……。


「ウィッチ・モンテカルロ…………ここでおばさんに──────」



「────このくそガキ、てめぇ殺すぞ!!」






 ────!?


「ちょっと、B・B?」ウィッチさんが不安そうな顔で俺を見ている。


「おい、あんた何やってんだよ」どこか遠くを見ていたバスプロがサングラス越しに俺を見ている。


「…………ッ……痛いよ……離して……」ガキが今にも泣き出しそうな声を出した。


「………………」咄嗟に掴んだガキの胸ぐらを離し、襟元の白いレースを整えてやった。たぶん、これはシルクだな。仕立てがいい。肌触りで分かる。その辺で買える様な代物じゃない。オーダーメイドに違いない……。


 場の空気がとてつもない事になっている。


 そりゃそうだ。膝丸出しの黄色い短パンを履き、紫のTシャツを着た一見すると堅気には見えないであろう成人男性が、水色のワンピースに白いタイツでめかし込んだ一見すると病弱そうな見てくれの女の子の胸ぐらを掴んで「てめぇ殺すぞ」と怒鳴り散らしたわけだ。当然、こうなる。


 もし仮に「このガキがウィッチを──」なんて言おうものなら、事態は最悪の方向に向かうだけだ。膝丸出しの黄色い短パンを履いた男が、おかしな事を言い始めた、おやおや?コレは大変だと、悪戯に場を掻き回すことになる。ならば、ここはあえて黙っているのが最善の策だと俺は思う。




 どこかゴミクズでも見るかの様な目で僕のことを静観している三人の顔を、ウィッチさん、バスプロ、ガキ、の順でゆっくりと見渡してみた。


「B・B……謝りなさい。この子に謝りなさい。早く。酷いこと言ってすいませんでしたって。早く」


 売春婦呼ばわりされ、ガキの目玉をえぐって石油王にでも売り飛ばそうとした挙句、ガラをゴニョゴニョして中国の闇市に出品しようとしたウィッチさんが俺をたしなめている。


「そうだぞ。B・B。いくらなんでも子供相手に言っていいことと悪いことがある」


 クソ……バスプロてめぇ……いつから俺の友達になった? てめぇは客だからな?


「いや、違うんだって。このくそガキがウィッチを────」


「──────ごめんなさい…………おねぇちゃん……売春婦なんて言ってごめんなさい…………そんなパンツみたいなの履いてる女……てっきりそういう女かと思って……ごめんなさい」


 ガキが潤んだ薄紫色の瞳でウィッチを見上げ、透き通るような声で何かぬかしている。


「ちゃんと謝れるのね。いいのよ。おねぇちゃんがこんな売春婦みたいな服着てるのが悪いんだから」


 あんた……自分で何を言ってるのか分かってんのか? 


 ウィッチさんがお股に少し食い込んでしまった売春婦みたいな短パンの裾を引っ張りながらガキの頭を撫でる姿を見るなり、バスプロはまた遠くを見始めた。


 ガキを片手で持ち上げ何度も何度も「殺す」と言い放っていたウィッチさんが、俯いたガキの頭を撫で回している。くしゃくしゃになったプラチナブランドの髪の毛の隙間から覗くガキの口元が、薄っすら笑っているのを、俺は見逃さなかった。


「くそガキてめぇ。抜け駆けはよくないぞ? 半分はてめぇのせいだからな?」


「B・B! 早く! あなたも謝りなさい!!」


 怒鳴られてビクッとした。過度な露出ファッションのお姉さんに怒鳴られてビクッとした。


「……いや、このガキはアレだぞ? イカれてんだからな? 騙されてんだよ」


「ちょっと。B・B? いい加減にしなさいよ?」


 お姉さんが眉間にシワを寄せながら詰め寄ってくる。ガキは怯えたようにお姉さんの背後に隠れ、剥き出しの太ももに抱きつきながら俺のことを見ると、またしてもニヤッと笑った。


 クソ……こうなったら、化けの皮剥いでやるよ。バカめ。てめぇがとんでもない得物隠してんのは知ってんだよ。俺は未来人だからな。


「くそガキ。てめぇいい加減にしろよ!?」


 お姉さんの後ろに回り、ガキのワンピースの裾を掴みめくり上げる。


「よく見ろ!! こいつはコレで!!」


 ─────!?


 無い……。リボルバーが…………無い。


 白いタイツを履いた細い脚が二本あるだけだ。


 ワンピースの裾を両手で摘んだまま、視界の端でガキの様子を伺うと、無表情で俺の顔を見ていた。まったく目を逸らしてくれない。まるで時が止まったようだ。


 なんだこの展開は? クラシック過ぎないか? この令和の時代に……。昭和か? 昭和まで戻ってきたのか? くそババア、戻し過ぎてるぞ。まったく……リボルバーもてめぇだろ?いい加減出てこい!


「いい加減にするのは、あんたでしょ!!」


 ──────!?


 おもっくそビンタされた。下半身露出過度なお姉さんに怒鳴りつけられながら、おもっくそビンタされた。


 どうしてこうなった? なんなんだこのオールドスクールな展開は……。


「なぁ、B・B。あんた……いくら何でもそれはマズいだろ……」


 バスプロがサングラスを外し真剣な顔で……なんなら、心配そうな顔で俺を見ている。

 お姉さんは黙って腕を組み、蔑むような目で俺を睨みつけている。


 クソ……なんて目だ。まるで、小作人達が田んぼの泥で身体を洗っている所に遭遇した、クソ生意気な大地主の娘みたいな目だ。たしか、あの娘は二女だ。三人姉妹の二女だ。なんて生意気そうな目なんだ。三人の中で一番生意気タイプなんだあいつは。小作人達が声を掛けると、いつもあの目で睨みつけてくるんだ。そんなに嫌なら田んぼに近寄らなければいいのに。


「……そういう趣味があったんだね? 知らなかったよ……アンクルB・B。あんたのことは色々調べてあったんだけどね…………知らなかったよ…………」


 ガキが何か言っているが、顔なんて見れたもんじゃない……。


 いや、待て……。そういう趣味?


 え? 俺はアレか? ちっちゃいお嬢ちゃんに興味がある「そういう人」になってるのか? ちっちゃいお嬢ちゃ──そんなわけあるか! なんで俺がガキに…………。


 ん? もしかして、お姉さんに怒鳴られるのが嬉しくてしょうがないタイプの「そういう人」だと思ってるのか? わざとビンタを頂きにいったと? そ、そ、そ、そんなガチなわけないだろうが!


 あの二女にビンタされて嬉しいわけないだろ。あいつは小作人達を嫌ってるのに、わざわざ遠回りして田んぼの前を通るような性悪なんだぞ?


 いずれにしろもう終わりだ……クズのレッテルは避けられない……もう手の打ちようがない……。 

 ビンタを頂いたのは……まぁいい。問題はスカートめくりだ……。クズのレッテルで片付くようなもんじゃない……。

 タイツを履いててくれて本当に助かった……。生脚だったら俺はどうなっていたんだろう?

 いや、そういう問題じゃない。どっちにしろクズだ。こんなカルマ背負い切れねぇぞ? 俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ? 


 いやだ……死ぬ。死ぬしかないじゃないか……。


 ────!?


「────あ、あの、事件です。はい。怪しい男が女の子のスカートをめくって逃げようとしてるのを捕まえたんですけど…………はい。……変な藪の中です…………え? わかりません。……はい…………捕まえました。……はい。潮来市です。…………はい。藪の中です…………わかりません─────だから、わかんないってば! いい加減にしてよ!」


 お姉さんが電話を切って悪態をついている。


 お巡りは来るのだろうか……。


 クソ……ガキのスカートめくってパクられるなんて絶対嫌だ……。死ぬ。俺は死ぬぞ。そうだ、いっそこの藪ごと吹き飛ばしてやる……全員道連れだ。


「それじゃあ……わたしは……帰らせてもらうよ」


 ──え? 


 このまま帰るの? 嘘だろ? 俺はどうなるの? このまま、ちっちゃいお嬢ちゃんが帰っちゃったら……『スカートめくり犯』の俺はどうなるの?


 ガキが逃げる様にそそくさと元来た道を歩き始めた。


「おい、ちょっと待て────」


 ────!?


 ガキを追い掛けようとしたら、お姉さんに首根っこを掴まれた。ガキは振り返って俺の顔を見るなり、目を丸くして慌てたように走り始める。


 ──え?


 お姉さんはガキが池の対岸に居る手下の所に戻ると、首根っこを離してくれた。


「じゃあ、オレ達も帰るか」

「そうね」


 ──え?


 バスプロとお姉さんが池から離れていく。

 広場を囲む藪の中から、慌てた様に鳥が飛び立つと、敷き詰められた極彩色の落ち葉を巻き上げながら、強目の風が吹き抜けていった。






 オレンジ掛かった空を眺めていたら、なんだかもう二度と空なんて見ることがない様な気がして……とりあえずタバコでも吸ってみた。


 マジで…………。アイツら、もう一回バラしてやろうか?…………いや、ダメだ。


 死ぬのは俺だけで十分だ…………。


 久々に味わったクソ不味いタバコの煙を吐き出すと、藪池広場を避けるようにカラスが一羽、上空で円を描いた。


「キヒヒ」






 クソが……










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