続ポテトコーラ付きLLセットと新しい季節②


 微かに雑音の混じったラジオが届けるサマーチューン。エアコンの風を受けキラキラと輝く細いゴールドの鎖のピアス。涼しげな耳元で小さく揺れる。車内の快適さとは裏腹に灼熱の太陽が路面を照りつけ陽炎かげろうが浮かぶ。澄んだ表情をみせ真夏のような入道雲を望むビビッドな青空を眺める横顔は、まるでアメリカのギャングみたいだ。


 ふと、エアコンの外気温を見ると「38℃」とありえない数字が並ぶ。とてもじゃないが10月とは思えない気温だ。しかも、どピーカンで日差しがとんでもなく熱い。


「この暑さはなんなんだ? 異常気象か?」


「うーん。どっかのチャネラーがなんかやったんじゃないの?」


 チャネラーが噛んでるとしたらターミナルにすぐバレるはずだ。ウィッチが知らないのはおかしいだろ……。それに、ワンハンドレッドも別に何も言ってなかった。インビジブルの線もあるが……だとしたら、そうとう厄介なことになるんじゃないのか? だが、さっきのリビエラの様子だと大して気にしてる感じでもなかった。ほんとにただの異常気象なんじゃないのか? 


「それにしても、ここ2週間ばかりずっとだぞ? チャネラーが噛んでたとして、なんの意味があるんだ?」


「さぁ? ていうか、B・Bの台風のせいなんじゃないの?」


「いや、たぶん違うと思うぞ。俺がメソる前から暑かったからな」


「ふーん。まぁいいじゃないですか、短パン履けるし」


「まあ、たしかに。俺もゴールデンウィークあたりからずっとTシャツに短パンだ」


「そう? それよりさぁ、池遠くない?」


 ────!?


 てめぇがマック食いてぇなんてぬかしたんだろ……




 水抜き池の藪まであと10キロくらいのところまで来ると、霞ヶ浦へツーリングにでも行くのか4、5台のアメリカンがメッキパーツをキラキラと光らせながら対向車線を通り過ぎて行く。

 助手席には、赤いバンダナを巻き、なんだか丈の短いダボダボした白いTシャツに、水着みたいな迷彩ショートパンツを履いたウィッチが座っている。

 シートを倒してダッシュボードに足を乗せ、右手にハンバーガー、左手にコーラ、太ももにLサイズのポテトを挟んで、座っている。

 越谷生まれのメリケンガールが、チョッパーの集団をサイドミラーで見ながら「ヒューウ」と口笛を吹く。


「Take it easy, motherfuckin' guys, and the Godspeed you.」


 どうなってんだこの車の中は? まるでアメリカみたいじゃないか、テキサスかここは? 俺はテキサス州まで走ってきたのか? そんなはずない、潮来だ、ここは潮来市だ……。

 ウィッチの白いTシャツと赤いバンダナ、それにフロントガラス越しに広がるカリフォルニアみたいな青空が、まるでアメリカ国旗のように見えてきた。もう池なんて、どうでもいいんじゃないだろうか……。



 クソ暑い10月の空の下。アメ車のシートに身を沈め月見バーガーを平らげたギャングスタガールはコーラをズズーッと飲み干し、空のカップを袋の中に放り込む。少し開いていた窓を閉めると雑音の混じったラジオパーソナリティの声がよく聞こえる。

 それにしても、なぜ俺のポテトまで太ももに挟んでるんだ?……このメリケンかぶれは……人の分まで食う気なのか? 


「そのポテト、俺のじゃないのか?」


「そうだよ?……食べなよ」


 予想に反してウィッチさんはダッシュボードに置いた脚をこちらに傾け、肘掛けに置いた俺の腕を両手で掴むと、じーっと顔を見ていらっしゃる。剥き出しの太ももには溢れんばかりのポテトが挟まっていらっしゃる。


 え? いま? ソレを? 俺がそのポテトを取って食べるの? その太ももに挟まれたポテトを取るの? いま? 運転してんだよ?


「……いや、あとで食べるから、どっか置いといてくれよ」


「……そう?……じゃあ、コーラ……飲む?……氷……溶けちゃうよ?」


 ウィッチがまたガサガサと袋からコーラを取り出す。コイツまたダッシュボードに置くつもりか?


「んっ……もう……ビッチャビチャに……なってる…………」


 ウィッチさんがコーラを軽く振ると剥き出しの太ももに水滴が飛び散った。


「……いや、コーラは置く場所ないだろ。大丈夫だから」


「ん? いいよ?……挟ん……どくから…………」


 ウィッチさんはポテトを膝の方に寄せると、ピッタリとくっついた太ももの隙間に指を入れ、広げた隙間にコーラを強引に捻じ込もうとしている。


 ────!?


 え? ねじ込むの? ソコに? ビッチャビチャだけど入るの? ソレ? 入ったとして、入ったとして…………俺が取るの? 「ああ、喉渇いた」つって太ももの間にねじ込まれたコーラを取って飲むの? ん? 飲んだらどうすんの? またソコにねじ込むの? 俺が? 


「……ちょ、ちょっと待て」


 俺の静止を無視してコーラの先っちょを太ももの隙間へあてがい、ウィッチさんは「……ッ……ん……」と小さく声を漏らしながら水滴でびちょびちになったコーラをスライドさせたりローリングさせたりしながら剥き出しの太ももへと捻じ込んでいく。「よしっ、先っちょがなんとか入ったぞ」と思われた瞬間「冷たっ!」と大声を上げたウィッチさん。ダッシュボードに置かれた両脚が、ピンと跳ね上がり、まるでスローモーションのように黄色いポテトの束が宙を舞う。俺は当然、ぶち撒かれたポテトを目で追う。ほぼ雑音のようなラジオからはまるで季節外れなラルクアンシエルの『winter fall』が微かに聴こえる。ポテトまみれになったウィッチさんの太ももを尻目に、俺はシートの隙間にポテトが4、5本落ちたのを見逃さなかった。





「そういえば、あのクソメガネは役所に何しに行ったんだ?」


 無言で散らばったポテトを箱に詰めていたウィッチが口を開く「いつものやつでしょ、バミューダがなんかやったときの対応策を伝えに行ったんじゃないの? 明日から急に、潮来市なんて元々ありませんでしたじゃ、困る人もいるでしょ?」などと真面目に答えているが、真っ赤な箱にポテトを詰めながら時折、2、3本摘み口へ運ぶ姿はチンパンジーの毛繕いを彷彿とさせる。


「災害関係は13ターミナルの仕事じゃないのか?」


「忙しいんじゃない? ふたつも台風発生しちゃってるし」


 ウィッチがチラッと俺の顔を見る。口をもぐもぐさせながら。


「……なるほど」


 もはや、あの台風が俺のやつなのかどうか怪しくなってはきたが、ターミナルがババアと俺の動きを警戒しているのは間違い……ない……? 


 ……あれ? 待てよ? 


 もうあの台風は必要ないんじゃないのか? 1週間後に台風が上陸したとして俺には何のメリットもないぞ? そもそも、アレは日本に来るのか? ニュースではふたつの台風が発生したと伝えているだけだ。この先どうなるかなんて分からないだろ。それに……ババアは何がしたいんだ? 





 もう池まであと数キロというところまで来ると、ウィッチがシートの隙間に手を入れて、なにかガサガサやりはじめる。


 コイツ、いいかげんにしろよ?……


 手を抜くと、さっきぶちまけたと思われるポテトを1本持っていた。おそらくまだ、シートの隙間に4本は確実に眠っている。


「…………」


 ウィッチさんはじーっとポテトを見つめると、そのまま口に入れた。


 ────!?

 く、食った、どうなってんだ、コイツ……


 唖然としていると、口をモグモグさせているウィッチさんと目が合ってしまった。


「…………」

「うぃっ」


 ウィッチさんは何か察してくれた様で、ポテトを挟んだ脚をこちらに傾けてくれた。


「……いや、えーと」

「ほいっ」


 さらに何か察してくれた様で、水滴でビッチャビチャになったコーラを太ももの間からギュッと抜いて手渡してくれた。



 味の薄くなったコーラを飲み干すと、水抜き池の藪が遠くに見えてきた。見晴らしよく広がった畑のど真ん中にある信号を右折すると、ローダウンされた淡いグリーンのインパラが、ゆっくりと直進して行くの姿がバックミラーに写り込む。


 まだ気温の下がりそうにない10月の乾いた空を眺めると────真夏のような雲が広がっていた。

















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