不可視の森と申し立て回避の冴えたやり方③


 ウィッチを置いてしばらく獣道を進むと少し開けたスペースにたどり着いた。


 畳二十畳ほどの円形に広がったスペースはまるで秘密基地のようでなんだか懐かしく感じる。見渡すと端っこの方に何か細かいカラフルな物が散乱しているのを見つけた。近寄ってみると、それは薄汚れた小さな人形だった。ダンボール一箱分くらいの小さな人形がこんもりと盛られ、その周りにも無数に散らばっている。


 コレはあれか? キン消しってやつか? なんだかガキの頃、近所の兄ちゃんがこんなの大量に持ってた気がするぞ? でも、なんでこんなところに? まさか、ここに住んでらっしゃる方がいるのか? いや、キン消しの他には何もない、人工的に造られたと思われるスペースではあるがブルーシートダンボールハウスもなければ、他に生活感があるような物もなく、ただの空間としか言いようがない。それに、キン消しの汚れ具合から見て、かなりの年数放置された物だ。


 気持ち悪りぃ……


 なんだか寒気を覚えたが背に腹は変えられない、とりあえずウィッチをここに連れて来て用を済ませてもらうことにする。





 元来た道を戻るとウィッチの姿が見えてきた。どうやらずっとあそこにしゃがみ込んでいたみたいだ……。生い茂る草木の間を這う獣道のど真ん中で膝に顔をうずめプルプルと震えている。何故か帰り道の方向を向いているところを見ると、俺を置いてズラかっちまおうと考えたものの力尽きたと思われる。その小さく丸まった背中には悲壮感すら漂っている。でも、丈の短いTシャツがめくれ上がって腰の辺りが丸見えなうえ、短パンの隙間からおそらくバンダナと色を合わせたであろう赤いパンツがはみ出してしまっているし、たぶんあの食い込み方はTバックなので、むしろご機嫌だ。


「おい、あったぞ! ちょうどいい場所が!」


 呼び掛けると、赤いTバックを履いたウィッチさんは顔を上げ、弱々しい笑顔をみせた。いまだかつて見たことないくらいヒヨっている。お洒落上級者を自称しているくせに、下着を上下で合わせていないのが少し気になっているが、とてもそんな事言い出せそうな状況ではない。上がノーブラなら下もノーパンが筋だろと。


「立てるか?」


 背中に手をあて、なるべく刺激を与えないように問いかける。この蒸し暑さのせいか、それとも自分が置かれた状況への焦りからくる冷や汗のせいか、ウィッチさんの背中はほんのり湿っている。


「もうだめ……一歩も動けない……」


 ウィッチさんは今にも漏らし────泣き出しそうな顔で首を横に振った。絶望の淵に立たされ、悲壮感を漂わせた女は少し動くたびに、ココナッツの香りを漂わせながら「……んっ……ぁん……でちゃう……」と悲痛な呻き声を上げる。ギャングスタイルで結ばれた赤いバンダナも心なしか萎れている様に見える。そのわりに短パンからはみ出したTバックはゴキゲンなので始末に終えない。しかも、よく考えたら俺が今右手を当てている場所は本来ならブラジャーの紐があるべきなのに、それが無いということに気がついてしまい至極ご機嫌である。



 クソ……歩けないんじゃどうしようもねぇか……ここまできてこのままほっとけってのか? 神様、あんたは鬼か? 目の前で漏ら──死んでく女を黙って見過ごせってか? 冗談だろ? 目の前で漏ら────死なれてみろ……。この先こいつはどうやって生きていくんだ。なぁ、神様……これは、俺が墓場まで持ってけば済むって話じゃねぇんだよ……。


 空を眺めようにも蜘蛛の巣だらけの汚ねぇ藪の中じゃ、あんたの姿は拝めやしないか……。そういや、あれは……入り口か出口か知らねぇけど、あのクソでかい蜘蛛も今ごろ笑ってんだろうな──────

 

 「なんで引き返さなかったの?」って……。


 クソが……


「Hey, motherfuckin' Geez!! What should I do? Please come nearby if you can......」


 ほとんど見えない天を仰いで、聞こえもしない声に耳を傾ける。もうダメなのか?……


「──────おんぶしてよ──────」


 ────!? 


 俯いていたウィッチが顔を上げ、真っ直ぐ俺の目を見ていた。その目はえらく澄んでいて、藪の熱気を掻っ攫っていく涼しげな風の様で。おでこの上に咲くバンダナの結び目も心なしか息を吹き返した様に見える。波がおさまったのかもしれない。


 ウィッチさんはおもむろに立ち上がると、迷彩柄の短パンを納まりの良い位置まで引っ張り上げ、2、3回「キュッキュッ」と腰を横に振った。そして「脚痺れちゃったよ」と少し戯けてみせ、ふくらはぎの辺りをさすっている。どうやら完全に波がおさまったようだ。


 「油断するんじゃないこのバカ」そんな言葉が脳裏をよぎったが、ウィッチさんはもう一度、透明な風の様に澄んだ瞳で俺の目を見つめ口を開いた。


「おんぶして連れてってよ」

















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