第27話 サプライズ

 抽選会の翌日、練習前にひらかれたミーティングで、唯が真っ先に口にしたのは東東京大会の組み合わせについての感想だった。


「みんなは意外に思うかもしれないが、今回の組み合わせはパーフェクトだ。よくやったな雅則!」

 しかし、ねぎらいの言葉をかけられた本人の表情はえない。


「なあ是川さん……。この組み合わせだと四回戦で聖陵学舎と当たるんだが、本当にこれでよかったのか?」

 雅則の言葉に同意するように、全員の視線が唯に集まる。


「まあ、普通に考えれば最悪に近い組み合わせかもしれない。でもな、東東京大会には聖陵学舎がいる。松沢恒翔がいる。その時点で普通じゃないんだよ」

 唯はチームメイトにむけて詳しい説明を始める。その内容は、前日に虎徹が美雪から聞いたものとほぼ同じだった。

 そして、唯が話し終えるころには彼女に反論する者はいなかった。


「結局は、聖陵学舎とどう戦うかが重要ってことか……」

 納得した様子の雅則に、唯が言葉をかぶせる。

「もっといえば松沢次第だ。対策はいくつか考えてるが、あいつが本気をだした時点でこっちがリードされてたら、かなり厳しいだろうな」


 ミーティングルームを水を打ったように静けさが包む。全員の脳裏には、春の選抜の決勝戦で松沢が見せた異次元の投球がうかんでいた。


 そんな重い沈黙のなか、その場をなごますように口をひらいたのは晴人だった。

「まあ、松沢君が超高校級なのはいまに始またことじゃないし、僕たちはやれることをやろうよ。ところで是川さん。初戦の丸ノ内学園とはどう戦うの?」


「それをこれから説明するところさ」

 晴人の言葉をうけた唯は、慣れた手つきで手元のノートパソコンを操作し始めた。



「まずはこれを見てくれ」

 ミーティングルーム前方のスクリーンに表示されたのは、唯が分析した丸ノ内学園のデータだった。


「細かい説明ははぶくが、ようするに守備型のチームだ。得点力は低いが、エラーは少ないしピッチャーがいい」

 映像が切りかわり、丸ノ内学園のピッチャーの投球が映しだされる。


「名前は中野新なかのあらた。球種はストレートとカーブの二種類だけだが、コントロールは正確だし大きくたてに曲がるカーブはかなり厄介やっかいだ」

 唯の指摘したとおり、中野の投げるカーブは映像だけでも十分に打ちづらさが伝わってくるボールだった。


「いいカーブ投げるな。ボールも低めに集まってるし」

 虎徹が感想を口にすると、恵一も同意する。

「ああ。おまけに守備も固いんだろ? 典型的な打たせて取るのチームだ。嫌な相手だわこりゃ……」

 そんな二人の言葉を、唯は「待ってました!」といわんばかりの表情で聞きいれ、説明を続ける。


「そう思うだろ? だが、これを見ても同じことがいえるかな?」

 唯がノートパソコンを操作すると画面が左右に分割され、その両方で中野がボールを投げこみ始める。


「左がカーブで右がストレートを投げたときの映像だ。まずはここに注目」

 彼女の言葉に合わせて映像は一時停止し、振りかぶったピッチャーのひじから手首にかけて赤いラインが引かれる。


「肘の角度がちがう……。カーブを投げるときのほうが、より鋭角えいかくになってる」

 遼太郎の感想に全員がうなずき、唯の解説が続く。


「そのとおり。次はここに注目」

 今度はピッチャーの背番号が、赤い丸で囲まれる。

「背番号の見えかたが、カーブとストレートで全然ちがうね。これなら目が悪い僕でも簡単にわかる。すごいな……」

 晴人がスクリーンを凝視ぎょうしし、感心しながら声を上げる。


「最後はここ」

 唯の言葉と同時に、ピッチャーのグローブが拡大される。

「カーブを投げるときは、グローブがひらいているね。こんなにあからさまなクセがいくつもあるなんて、僕にホームランを打ってくださいとお願いしてるも同然じゃないか。ここまで相手を丸裸まるはだかにするなんて、さすがは是川さんだ!」

 大吉は目を輝かせて唯を称賛しょうさんしたが、彼女の説明はこれで終わらない。


「おまけに丸ノ内学園のキャッチャーは肩が弱い。足を使って攻め立てるには格好かっこうの相手なんだ」

 唯が用意した走力トレーニングにより、部員全員の機動力は大幅に向上していた。なかでも、驚異的な身体能力を持つ舞と剛、もともと足の速かった遼太郎と晴人の四人は、是川重工との練習試合で盗塁を決めるまでに成長している。

 常陽学院にとって、足を使った攻撃は最大の武器になっていた。


「最新の技術を使えば、ここまでクセがわかるものなのか……」

 雅則はおどろきをかくせなかったが、意外なことに唯は彼の言葉を否定する。


「いや、そういうわけでもない。東東京大会に参加するピッチャーはほとんど調べたが、ここまであからさまなクセがあるピッチャーはめずらしいんだ。そんな相手と初戦で戦えるのは本当にラッキーだ。アタシが最高の組み合わせっていったのは、このことも加味かみしてるのさ」

 自信に満ちた笑みをうかべた彼女は、歩に声をかける。


「歩がいったとおりだ。雅則は強運の持ち主だったよ。こいつに賭けて正解だった。ありがとな!」

 唯の言葉をきっかけに全員の視線を浴びた歩は、頭をかいて照れ臭そうに笑った。



 ミーティングの後はスケジュールどおりに打撃練習が行われたが、唯はそこに大きなサプライズを用意していた。


「ちょっとこれをつけてみてくれ」

 彼女から全員に配られたのは、透明なゴーグルだった。


「それぞれの頭の形にフィットするように作ってあるが、違和感があるならいってくれ。すぐに調整する」

 部員全員がゴーグルを装着しサイズに問題がないことを伝える。しかし、その使い道はわからないままだ。


「是川さん。これはいったい……」

「あわてなさんな。すぐにわかるから」

 虎徹の質問をあしらいつつ、唯はピッチングマシンに小走りで近づいていく。そして、ノートパソコンをマシンに接続してキーボードに指を走らせた。


「いったいなにが始まるんだ?」

 雅則が舞に問いかける。しかし、常に唯と行動している彼女も、このゴーグルについてはなにも聞かされていなかった。

「じつは、わたしたちも、よくわからないんだ……。ね、兄さん」

「ああ。完成するまで楽しみに待っていろ。としかいわれていないからな……」

 いつもは冷静沈着な剛も、妹と同じようにとまどった表情を見せた。


 そんななか、設定を終えた唯がチームメイトに声をかける。

「よしっ。始めるぞ!」

 次の瞬間、ゴーグル越しの視界に聖陵学舎のエース松沢恒翔が姿を現し、全員からどよめきが起こる。


「凄い……。等身大の松沢を再現したのか」

「まだまだ。こっからが本番だ」

 おどろく遼太郎に声をかけつつ唯がキーを押すと、ゴーグル越しに再現された松沢が大きく振りかぶる。

 そしてその右腕からボールが放たれると、現実でも剛速球がネットを揺らした。


「これって、ゴーグルの映像とピッチングマシンを連動させてるってことだよね?」

「すげえよお嬢。まるで本物の松沢が目の前で投げてるみてえだ!」

 興奮を抑えきれない歩と恵一を見ながら、唯は満面の笑みをうかべる。

「映像だけじゃないぞ。ボールの速度や回転、角度なんかもきっちり再現してるんだ。ここまで優秀なシミュレーターは世界中を探しても、そうはないはずだ」


 さらに彼女がノートパソコンを操作すると、仮想世界の松沢はその姿を消し、かわりに現れた丸ノ内学園の中野新が投球を始める。


 映像に合わせてピッチングマシンから放たれたボールは、彼の武器である大きく曲がるスローカーブをそっくりそのまま再現していた。

「中野君のデータもあるんだ。これならバッチリ対策できるね!」

 勝利を確信するように声を上げた舞の横で、虎徹が唯に問いかける。


「是川さん。もしかして、ほかのチームのピッチャーも再現できるの?」

「そのとおりだ。東東京大会でぶつかる可能性があるピッチャーは、すべて再現できる。もちろん総武大付属の小岩竜司もな!」

 彼女の用意したサプライズに、その場にいるチームメイトはただただ感心するしかなかった。



 唯が用意した丸ノ内学園対策は、投手のシミュレーターだけではなかった。

 彼女は、雅則と恵一のバッテリーをよんでミーティングを行い、相手打者のデータと分析結果を二人にわたして解説した。


「こりゃまたすげえな……」

 データを食い入るように見つめながら恵一がつぶやき、雅則もうなずく。

「恵一は、球速と球威は平均的だが、コントロールとスタミナは抜群ばつぐんだからな。このデータは大いに役立つはずだ。守備陣もこれに合わせて動いてもらう」

 唯の言葉をうけて、恵一は少し申し訳なさげな表情をうかべる。


「お嬢。すまねえ。せっかくあんだけ練習環境を整えてもらったのに、球速も球威も思ったよりのびなくて……」

「気にするな。いくら速くて強い球を投げようが、コントロールが悪かったらアタシの分析はなんの役にも立たない。データどおりにきっちりコースに投げ分ける能力こそが重要なんだ」

 唯の励ましの言葉に雅則も続く。


「そのとおりだ。うまく相手をいなして凡打ぼんだの山を築こう」

「ああ、そうだな。お嬢。コントロールなら任せてくれ。お望みとあらば、バッターの顔面スレスレにだってきっちり投げこんでやるぜ」

「おいおい物騒ぶっそうだな。相手にケンカを売ってどうするんだ。アタシらは野球で勝負するんだぞ?」

 いつもの強気をとりもどした恵一をいさめながら、唯も自信に満ちた笑みを口元にうかべた。

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