第6話 名家 VS 成金

 一時間目の授業が終わると、まだ朝の空気をのこす教室がにわかに騒がしくなる。大江大吉おおえだいきちのおでましだ。

 180cmを超える長身とかなり太めの体型。それだけでも目立つ彼は、肩までのばした髪を金色に染めて、全身をハデな高級ブランド品でおおい尽くしていた。


 常陽学院には学校指定の制服があるものの、校則では私服も許されており髪型についても禁止事項きんしじこうはない。

 実際に、鬼塚兄妹はいつも黒のスーツを着用しているし、好みの私服で登校する生徒や髪を明るく染めている生徒もそれなりにいる。

 しかし、全学年を見わたしても、してハデなスタイルで毎日登校しているのは大吉だけだった。


「昨日も遅くまでパーティーがあってね。おかげで寝坊ねぼうしてしまったよ。まあ、たくさんの有名人が僕のために集まってくれたから仕方ないんだけどね。人望がありすぎるというのも、まったく困ったもんさ」

 声も態度たいども大きな彼は、今日も周囲に自慢話じまんばなしを始める。聞かされる相手はうんざりしているのだが、そんな都合つごうなどおかまいなしだ。


 新興しんこうの不動産デベロッパー大江コーポレーションの御曹司おんぞうしである大吉は、歴史ある名家の御令嬢ごれいじょうでありファンドマネージャーとしての実績も持つ唯に、勝手に対抗心を燃やしていた。

 そして、ことあるごとにりあってくる大吉を軽くあしらう唯。というのがいつものパターンなのだが、この日は様子がちがった。



「おいブタ。静かにしろ!」

 先にしかけたのは唯だった。祖父からの課題が解決せずイライラをつのらせていた彼女にとって、大吉のさわぎ声はいつも以上に不快ふかいだった。

「ブタっていうのは、だれのことかな?」

 挑発ちょうはつに乗った大吉が、金髪をかき上げながら唯のつくえに近づいてくる。


「おまえ以外にいないだろ。大江大吉。いったいなにを食えば、そんなにブクブクと太れるんだ?」

「君のほうこそ、どうすればそんな小学生みたいな体型たいけい維持いじできるのかな。ちゃんと食べてるのかい?」


「アタシは、本当にうまいものを適度てきどに食べればそれで満足なんだ。なんでもかんでも食いちらかすブタには、理解できないだろうけどな」

 状況じょうきょうはヒートアップしていくが、二人とも一歩も引く様子はない。

 適当なタイミングで止めに入ったほうがいい。そう考えて虎徹が目配めくばせすると、晴人も小さくうなずいた。


「今日はやたらとご機嫌斜きげんななめだね。投資で失敗でもしたのかい?」

 今朝の株価急落のニュースを見て唯が損失をだしたと思いこんでいる大吉は、余裕よゆうを見せながらさらに挑発を続ける。


「誰が失敗したって? バカいうな。空売からうりで大儲おおもうけだよ」

「それはすごい! コツがあるならぜひとも教えてもらいたいね!」

 大吉は大げさに唯をほめたが、その口調は挑発的なままだ。


「ああ。特別にレクチャーしてやるよ。おまえにはおんがあるからな」

「……僕に、恩?」

 ついさっきまでイライラしていた唯は、口元に不敵ふてきな笑みをうかべていた。そして、彼女の変化に気づいた大吉の表情からは余裕の色が消えていく。


「こういうときはな、大江コーポレーションみたいに無能なトップが経営に失敗した会社を、トレンドに従ってさらに売り叩くんだよ」

「父さんの会社を空売からうりしたのか?」

「そのとおり。きっかけはおまえだけどな」

「僕がきっかけ?」

 形勢けいせいはすでに逆転していたが、唯は追撃ついげきの手をゆるめない。


「親に買ってもらった高価なブランド品を、ずかしげもなくひけらかすバカ息子を見て、その父親の会社を調べてみようと思ったんだ。それがきっかけ」

 唯の顔に冷笑れいしょうがうかび、大吉の顔は怒りで赤く染まる。


「思ったとおり、いや思った以上に会社の中身はひどくてさ、今回はしっかり空売りでもうけさせてもらったよ。ありがとね。成金のブタさん!」

「なんだと!」

 怒りの声を上げた大吉が、猛然もうぜんと唯につめよる。


 さすがにマズい! 止めに入るために、すぐさま虎徹は立ち上がり晴人もそれに続く。しかし、二人よりも先に電光石火でんこうせっかのスピードで動いたのが鬼塚兄妹だった。


 二人の動きは、目の前で見ていた虎徹ですらとらえることはできず、彼が気づいたときには、ごうゆいの前に壁のように立ちふさがり、まいは左手で大吉の腕をめ上げつつ、右手で金髪をわしづかみにして彼の顔を机に押しつけていた。


「イタタ! 放せ! 僕は、まだなにもしてないじゃないか!」

 押さえつけられながらも抗議する大吉に、舞は冷たい声色こわいろで問いかける。

「まだなにも? そっか。わたしが止めなかったら、唯ちゃんに手をだすつもりだったんだね?」


 同時に大吉の腕がさらに強く締め上げられ、教室に彼の絶叫ぜっきょうがひびく。

 普段は明るく優しい舞が見せる、冷酷れいこくな表情と容赦ようしゃのない暴力。その恐ろしさから虎徹も晴人も固まってしまい、止めに入るどころか声をかけることすらできない。


「唯ちゃん、このブタどうする? なんなら、そこの窓から落とそうか?」

 この教室は四階。転落すれば命にかかわる。殺意のこもった舞の言葉を聞いた大吉は、涙声になりながらあわてて唯に懇願こんがんした。


「こ、是川さん。ごめん! 僕が悪かった。ゆ、許してください! どうか話を聞いてください!」

「舞。もういいよ。アタシも大人おとなげなかった」

 指示をだした唯は、そのまま深いため息をついた。


 解放された大吉は、腕にのこる激痛と先ほどまで味わっていた恐怖から、青ざめた顔に無数の脂汗あぶらあせをうかべていた。そんな彼に舞が声をかける。

「大吉君、大丈夫だった? そんなに怖がらないでよ。さっきのはただのジョークなんだから」


 いつもの明るい口調にもどった彼女は、クラスメイトにも笑いかける。

「みんなもジョークなのに引きすぎだよ。本当に窓から突き落としたら犯罪だよ?」

 舞のよびかけにより、張りつめていた教室の空気が少しずつやわらいでいく。


「そうだよな。本気なわけないよな」

「さすが舞ちゃん。演技派!」

「ちょっとカッコよかったよね!」


 教室のあちこちから安堵あんどの声が上がるなか、ティッシュペーパーを手にした舞が再び大吉に近づく。

「ほら、大吉君。これで汗ふきなよ」

「あ、ありがとう」


 差しだされたティッシュペーパーを大吉が受け取った瞬間、舞は彼にしか聞こえない声量で冷たくささやいた。

「次は突き落とすからね……」

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