第5話 毎朝の勧誘

「おはよう!」

 朝のホームルームが始まる直前の教室に、生き生きとしたあいさつと共にあらわれたのは、野球部の朝練を終えた春日晴人かすがはるとだった。

 さわやかイケメンの登場に女子の一部がざわつく。


「こてっちゃん。今日こそ野球部に入らない?」

 虎徹が強豪の葛西橋東中かさいばしひがしちゅうのキャプテンだった。という情報をどこからか仕入れた晴人は、入学以来ほぼ毎日のように虎徹を野球部に勧誘かんゆうしていた。


「入らないよ。っていうか、いい加減かげんあきらめてくれよ」

「そんなこといわずにさ! 頼むよ。このとおり!」

 大げさに両手を合わせる晴人を、虎徹はいつものようにあしらったが、今日はひそかに彼に感謝していた。

 昨日、美雪と野球の話で盛り上がれたのは、この朝の勧誘を彼女が見ていたからだった。しかし、野球部には絶対に入らない。その気持ちに変わりはなかった。



 常陽学院では毎年、入学式直後のオリエンテーションで部活紹介の時間がもたれるが、そこで野球部キャプテンの藤堂雅則とうどうまさのりが全校生徒によびかけた言葉を、虎徹はいまでもよくおぼえている。


「はじめまして。野球部のキャプテン藤堂雅則です。自分はキャプテンではありますが、みなさんと同じ新一年生です」


 新一年生なのにキャプテン? 彼が発した意外な言葉に会場がどよめく。

「現在、野球部員は自分をふくめて新一年生三人しかいません。けれど――」

 次の瞬間、野球部キャプテンの声のトーンが力強く上がる。


「――僕たちは本気で甲子園をめざします! 困難な目標であることはわかっていますが、共に全力で挑戦する仲間を募集ぼしゅうしています。新入生でも在校生でもかまいません。どうかよろしくお願いします!」


 本気で甲子園をめざす。この現実ばなれした夢を聞いたとき、虎徹が感じたのは強い嫌悪感けんおかんだった。

 部員もろくにいない進学校の野球部が、甲子園への夢を本気で語ること。それは、中学時代に現実の壁にぶつかって同じ夢をあきらめた虎徹にとって、不愉快ふゆかいでしかなかった。


 野球部キャプテンの演説は強烈なインパクトをのこしたものの、それに影響されて入部を決めた新入生は、二人だけだった。


 全国でもトップクラスの進学実績を誇る常陽学院は、そもそも体育系の部活がさかんではない。

 今年4月のオリエンテーションでも、野球部は新一年生に入部をよびかけたが、新入部員はゼロ。部員が足りないため、夏の地方予選、東東京大会にはエントリーすらできなかった。


 しかし、五人の野球部員はそんな困難な状況でも、まじめに練習に取りくんでいた。周囲から変人あつかいされ冷ややかな視線を浴びながらもあきらめない彼らを、虎徹はひそかに感心して見ていた。


 だがそれは、大きな海を知らないカエルが、井戸の中で必死に飛びはねているようなものだ。

 虎徹にとって、晴人はクラスでもっとも仲のよい友人であり、オリエンテーションのときに野球部に抱いたネガティブな感情もいまはない。けれど、彼らと共に届くはずもない夢にむかって手をのばすのはごめんだった。

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