第13話 初顔合わせ

 唯、剛、舞、大吉の四人が、新たに野球部に加わることになったその日の放課後、虎徹は担任の木内沙也加きうちさやかによびだされ、職員室をおとずれていた。


「ごめんね。急に来てもらって」

 彼女の口調は気さくだったが、よびだされた理由に心当たりがなかった虎徹は、やや緊張していた。


「あの、すみません。今日は野球部のミーティングがあるんですが……」

 用件があるなら手短てみじかにしてほしい。そんな虎徹の気持ちを察して、沙也加はすぐに話を切りだした。


「夏休み前に届けものをお願いした坂井さんについてなんだけど、いま入院してるのは知ってる?」

 やましいことはなにもないが、虎徹の表情が硬くなる。


「はい。知ってます」

「わたしも先日お見舞いにいったんだけど、坂井さん、前より明るくなってた。鈴木君のおかげかな?」

「……わかりません」

 無意識に視線をそらした虎徹を見ながら、沙也加はさらに問いかける。


「鈴木君がこの時期に野球部に入ったことも関係してたりする?」

「話さなきゃいけませんか?」

 外堀そとぼりを少しずつ埋められていくような不快ふかいさを感じた虎徹は、やや強い口調で言葉を返した。


「ごめん。変に詮索せんさくするつもりはなかったの。ただ、坂井さんのことで、わたしに協力できることがあれば、遠慮せずにいってほしい。このことだけは伝えておこうと思ってね」


「あ、ありがとうございます」

 沙也加の真意しんいを理解し、虎徹は頭を下げた。


 しかし、同時に一つの疑問がうかんでいた。なぜ先生は俺と坂井さんの関係を知っているのだろう?

 美雪か夏美のどちらかがこのことを話した。というのがもっともらしい仮説だが、それは彼の頭の中で即座そくざに否定される。


 美雪がこんな話を軽はずみにするとは思えないし、夏美も話好きではあるものの、妹の内心について簡単に口をひらくような浅はかな人物ではない。

 ではなぜ? 答えを求める気持ちが、虎徹の口をうっかりすべらす。


「あの、先生はどうして、僕と、坂井さんの……」

 そこまで口にだしたところで、彼はあわてて言葉を止めた。こんな質問をすれば、自分から二人の関係を暴露ばくろするようなものだ。


「誰からも聞いてないよ。ただのかんだから」

 あっけらかんと答える沙也加に虎徹はおどろかされた。途中で止めた質問の内容を正確に読み取られただけでなく、その答えはただの勘。

 これ以上ここにいたら、洗いざらい話してしまいそうだ。虎徹は急いでカバンを手にして立ち上がる。


「すみません。これからミーティングがあるのでもういいですか?」

「うん。忙しいのにごめんね。野球、がんばりなよ!」

「あ、ありがとうございます。失礼します」

 笑顔でエールを送る沙也加に一礼し、虎徹は逃げるように職員室を出ていった。



 新しい部員がいきなり四人も加わる。このビッグニュースはすぐさまほかの野球部員にも伝わり、放課後の教室で緊急ミーティングがひらかれた。

 しかし、記念すべき初顔合わせはスタートから荒れた。


「今日から野球部はアタシが仕切しきるから。そういうことでよろしく!」

 自己紹介もそこそこに唯が宣言すると、当然ながら反発の声が上がる。


「いきなりなにをいってるんだ。入部するからには、こちらの方針にしたがってもらいたいんだが」

 声の主はキャプテンの藤堂雅則とうどうまさのりだった。廃部寸前の野球部をこれまでなんとか引っ張ってきた彼は、厳しい視線を唯にむける。


「もちろん、ただで従えなんていうつもりはないよ。戦略は、アタシが責任を持ってり上げるし、足りない部員も連れてきた。条件としては悪くないだろ?」

「是川さんが投資の世界で実績じっせきがあるのは知ってる。けど、そのスキルは野球で通用するのか?」

「大丈夫だ。アタシの大学時代の友人には、プロスポーツの世界でデータ分析にたずさわってる者もいる。データを分析して戦略を構築するというのは、スポーツも投資も変わらないからな。まあ任せてくれ」


 あまりに自信満々な唯の様子を見た雅則は、怒りを通り越してあきれていた。深いため息をついた彼は、質問のターゲットを変えた。

「三人は野球の経験は?」


「ないよ。でも大丈夫。すぐにうまくなるから!」

 満面の笑みをうかべながら、自信たっぷりに舞が答える。


「自分も経験はありません。ただ、やるからには全力を尽くしますし、ある程度はやれると思います」

 いつものように冷静沈着な口調だが、剛もやる気と自信を口にする。


「残念ながら、僕も二人と同じく野球の経験はないよ。でも、秘められた才能を是川さんに見出されて、いまここにいるってわけさ。まあ、僕のこれからの成長に大いに期待してくれよ」

 唯に感化かんかされ、大吉までもが強気になっていた。朝の教室で抜け殻になっていた彼はどこにいってしまったのだろうか。


「三人とも初心者か。いくら自信があるっていわれてもな……」

 落胆らくたんした表情で雅則が呟く。そんな彼の横で、不快感をあらわにしながら毒を吐いたのが早坂恵一はやさかけいいちだった。


「どうでもいいけどよ。なんで初心者のくせにそこまで強気なんだよ。おまけに一人は女で、一人はデブ。話にならねえよ」

 その言葉に、大吉がすぐさま反応する。


「失礼なことをいわないでもらいたいね。僕はこう見えてそこそこ動けるし、剛君と舞さんだって……」

「じゃあさ、勝負しようよ。早坂君てうちの高校のピッチャーなんでしょ? 初心者の女の子ぐらい余裕で抑えられるよね?」

 大吉の言葉をさえぎって恵一をあおり立てたのは舞だった。彼女の表情にいつものほがらかさはなく、挑発的な笑みと視線が恵一にむけられている。


「当たり前だ。勝負になるわけないだろ。くだらなすぎてやる気も起きねえよ」

「やる気が起きない? そんなこといって、本当は初心者の女の子に負けるのが怖いんじゃない?」

「なんだと?」

 舞と恵一の視線がぶつかり教室に緊張が走る。そんな二人の間に割って入ったのが、松本遼太郎まつもとりょうたろうだった。


「恵一。とりあえず少し落ち着けよ」

 彼は恵一をなだめつつ、舞にも言葉をかける。

「鬼塚さん。残念だけど、うちの部に女子が入るのは無理なんだ。差別するわけじゃなくて、正直なところお金が足りない」


「プロテクターが必要なんだろ?」

 遼太郎の言葉に反応したのは唯だった。

「それだけじゃない。女子部員を登録するには、ケガを防ぐためにほかにも必要なものがいくつかあるんだ。うちの少ない部費ではまかないきれないよ」


「それなら大丈夫だ。アタシが自腹を切るから」

 彼女はしばらくスマホを操作してから、遼太郎に問いかける。

「必要な備品びひんはすべて購入した。おそらく来週までにはすべて届く。これで舞の入部も問題ないだろ?」

「さすがだね……」

 感心する遼太郎を横目に、唯は恵一にも声をかけた。


「勝負は舞の備品が届く来週にしよう。それと、剛と大吉も相手してもらいたいんだが、いいか?」

「ああ、いいぜ。相手が三人でも俺はかまわねえよ」

 唯のスピード感におどろきつつ、恵一は彼女の提案をうけいれた。


 さらに唯は、キャプテンの雅則に条件を提示する。

「この勝負で三人ともボロ負けするようなら、今後アタシは、余計な口出しは一切しない。逆に、もしも三人のうち二人が恵一からヒットを打てたら、野球部はアタシが仕切る。これでどうだ?」


「……わかった」

 腕を組んでしばらく考えこんだあと、雅則は首をたてった。

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