第30話 大役

 丸ノ内学園との試合の翌日、一週間後に控えた総武大付属との対戦に備え、常陽学院野球部はミーティングルームに集合していた。


「次の対戦相手、総武大付属についてだが、一言でいうとエースピッチャー小岩竜二のワンマンチームだな」

 唯がノートパソコンを操作すると、スクリーンに小岩の投球シーンが過去から順に映しだされていく。


「おじょう。これ本当に同一人物なのか?」

 恵一から唯にツッコミが入ったのは、映像が昨日の試合に切りかわったときのことだった。彼の言葉どおり、小岩の体は数か月前の春季大会に比べて、かなり大きくなっている。


「まちがいなく本人だ。正直アタシもおどろいてるんだよ。なにを食べれば急にこんなに太るんだか……」

「おそらくアイスが原因だね」

 困惑こんわくする唯に即答したのは大吉だった。


「みんなも知ってのとおり、今年は5月から異常な暑さが続いているよね。それに今シーズンは、各社がこぞって新作のアイスを発売していているんだけど、どれもすこぶる評判がいいんだ。去年までの僕なら、毎日5個は欠かさず食べていただろうね」


「アタシも甘いものは好きだから、場合によってはかなり食べるが、毎日アイス5個はさすがに無理だな。本当にそんなに食べられるもんなのか?」

 唯が疑問を口にするが、大吉の答えはよどみない。


「もちろんだよ。朝、昼、夜の食後のデザートに午後3時のおやつ。風呂上がりにも一つ食べるからね。5個は最低ラインといったところかな」

「最低でも5個か……。去年のこの時期おまえが異様に太ってたのは、それが原因だったんだな?」


「そのとおりだよ。去年の夏もかなり暑かったからね。それにあのときの僕は、やり場のない気持ちを発散するために、ひたすらカロリーを摂取せっしゅしていたから……」

 遠い目をして一年前の自分を思い起こす大吉。そんな彼を横目に、舞が小声で言葉をかける。

「唯ちゃん。そろそろ本題に入ろう……」



 舞にうながされ唯がノートパソコンを操作すると、スクリーンには球種ごとに分けられた小岩の投球フォームが表示された。

 丸ノ内学園との試合では、相手投手のクセを丸裸にしたことが勝負の決め手となったため、期待のこもった視線が唯に集まる。


「結論からいえば、丸ノ内学園の中野のようなあからさまに球種がわかるクセは、小岩にはなかった」

 予想外の言葉にミーティングルームの空気は一気に重くなる。しかし、彼女の話には続きがあった。


「そうガッカリするな。次はこれを見てくれ」

 スクリーンに映しだされたのは、小岩の通常の投球モーションと牽制球けんせいきゅうを投げたときのモーションを比較した動画だった。


「牽制球を投げるときは、グローブの位置が高いし体も縮こまって見えるだろ?」

「本当だ。こりゃ、モーションを盗まれないように意識しすぎて、逆に不自然になってるパターンだな」

 唯の指摘に、同じピッチャとしての視点から恵一が感想を口にする。


「出塁できれば盗塁は狙いやすいってことか……。でも、そう簡単にいくかな。小岩はストレートも変化球もかなりいいものを持ってるけど」

「たしかに。中学時代からかなり有名だったよね」

 遼太郎が疑問を投げかけ歩がそれに続く。そして、中学時代のことを思いだした雅則が、虎徹に言葉をかけた。


「当時は松沢の次ぐらいに注目されてたよな。もっと強い高校はいくらでもあるのに、なんで総武大付属に入学したんだか……。虎徹はそのへんの事情、なんか知ってたりするか?」


「ああ。小岩は、当時つき合ってた彼女に合わせて総武大付属を選んだんだ。強豪校からの誘いはあったけどすべて断ってね。まあ、その彼女には入学してすぐにふられたらしいけど」

 思わぬ暴露話ばくろばなしに一同から笑いが起きる。


「おいおい。話が脱線だっせんしすぎだ。そろそろ本題にもどるぞ」

 口元に笑みを残しつつ唯が声をかけると、スクリーンには再び小岩の投球シーンが映しだされた。


「この映像は、昨日の試合の6回裏だ。小岩のスタミナが切れてるのが手に取るようにわかるだろ?」

 彼女が指摘したとおり、マウンド上の小岩の息は上がっており、ボールの威力も制球も試合の序盤とは別人のようだった。


「あの体型なら当然だろうな。おまけに相当イライラしてんな」

 マウンド上でプレートにかかった土を神経質に払う小岩を見て、恵一が感想を口にする。


「そのとおりだ。調子に乗せればやっかいな相手だが、メンタルが不安定なのはデータでも証明されてる。もちろんスタミナにも難ありだ。総合的な力は中学のときよりも落ちてる」

 唯の言葉に合わせて、スクリーンに次の試合の作戦が表示される。


「試合の前半は、できるだけねばって小岩に球数を投げさせる。そして、ランナーが出たら、牽制球のクセを利用して盗塁とバントで揺さぶりをかける」

「こっちの打力もそこそこ上がってると思うが、それでもバントで攻めるのか?」

 質問した雅則に、唯がうなずく。


「ああ。最初から積極的にいって抑えられた場合、小岩を調子に乗せるリスクがあるからな。みんなでコツコツとスタミナとメンタルをけずって、自滅させたほうが確実だ。それと、今度の試合は虎徹に一番を任せる」

「俺が先頭バッター?」

 突然の指名に虎徹はおどろかされたが、唯には明確な理由があった。


「中学からの顔なじみに打たれれば、小岩の精神的なダメージは大きいはずだ。だったら、より多くの打順を虎徹にまわすべきだろ? それに、不利な展開が続いたら舞と剛にも本気を出してもらう。その場合、二人のあとに続くのは本来三番を打つおまえが適任だ」

 重要な役割を任された虎徹は一瞬ひるみかけた。しかし、そんな弱い気持ちを心のなかにひびいた美雪の声が振りはらう。


「いまの虎徹君は、本当に格下なのかな?」


 そうだ。いまの俺は昔とはちがう。それに小岩の力は衰えてる。次の試合で、補欠とよばれてバカにされていた中学時代の借りを返すんだ。

「わかった。先頭バッターは任せてくれ!」

 強い決意を胸に、虎徹は覚悟を決めて大役を引き受けた。



 ミーティングを終えた常陽学院野球部は、小岩の投球を再現したシミュレーターを使用するために、打撃練習場へとむかっていた。

 その途中、唯が虎徹に声をかける。


「虎徹。ずいぶんと気合が入ってるな」

「まあ、大役を任されたからね」

 引き締まった表情をうかべながら虎徹は答えたが、続く唯の言葉が彼の心を大きく揺さぶる。


「お前を先頭バッターに起用するってのはな、じつは美雪のアイデアなんだ」

「坂井さんの?」

 おどろく虎徹を横目に、彼女は話を続ける。


「そうだ。小岩を崩すなら絶対に虎徹をぶつけるべきだってな。まあ、作戦自体は理にかなってるし、アタシも反対する理由はなかったんだが、あの冷静な美雪が、めずらしく熱く語ってくれたよ」

「そうだったんだ……」

「おまえと小岩の間になにがあったかまでは聞いてないが、やっつけなきゃならない相手なんだろ?」

 唯からの問いかけに、虎徹は大きくうなずいた。


れた女が背中を押してくれたんだ。キッチリ結果をのこして、男を見せろよ!」

 本心を見透かされた虎徹の顔が真っ赤に染まる。そんな彼の肩を思い切り叩いて、唯は豪快に笑った。

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