第15話 坊主頭

 ミーティングの翌日から、唯は今後の野球部の戦略を練り上げるために、ひたすら頭を働かせていた。


 休み時間も昼休みも、ときには授業中にもこっそりと、彼女はノートにあれこれ書き連ねながら考えをめぐらせている。

 そしてその前後では、タブレット端末を手にした鬼塚兄妹が、真剣な表情で動画を視聴しちょうしていた。


「なんの動画を見てるの?」

 画面から顔を上げ軽くのびをしてリフレッシュした舞に、虎徹が問いかける。

「野球の動画だよ。わたしも兄さんも、目で見て記憶した動きはだいたい再現できるから、こうして一流選手の動きを頭に入れてるんだ」


「見ただけで再現できるの?」

「実際に体を動かしながら確認することもたくさんあるけど、基本的なところは頭のなかでイメージできれば大丈夫だよ」

 虎徹に笑顔を見せた舞は、再び視線をタブレット端末にもどした。


「大吉君を取り押さえた動きはすごかったし、かなりいけそうじゃない?」

 二人のやり取りを見ていた晴人が、動画に集中する舞に気をつかいながら、小声で虎徹に話しかける。

「たしかに。ただの初心者とはちがう気がする」

「だよね。この感じだと、大吉君にも期待できるんじゃないかな。あの髪型からして、気合十分だし」


 この日の朝、教室に入ってきた大吉を目撃したクラスメイトは誰もが度肝どぎもを抜かれた。彼は、金色に染めていた長い髪をすべて刈り上げていたのだ。

 そして、青々とした坊主頭にざわつく周囲をよそに、彼は休み時間になると真剣な表情で読書にいそしんでいた。


「ゼロから始める野球入門か……」

 大吉が手にした本のタイトルを虎徹はなにげなく口にする。次の瞬間、晴人がおどろきの声を上げた。


「こてっちゃん。こっから本のタイトルがわかるの?」

「昔から視力はかなりいいんだ。でも動体視力は普通。高校球児としては、逆のほうがよかったんだけどね」

「いやいや。その視力はうらやましいよ。僕なんて、コンタクトがなかったらまともに生活できないんだから」

 晴人はしばらくの間、視力が悪いことの不便さを虎徹に力説したが、大吉を指さして話題を変える。


「ちょっと大吉君のとこ、いってみない?」

「様子見てみるか」

 興味深げな表情をうかべる晴人に、虎徹もうなずく。二人は立ち上がり大吉の席へとむかった。



「大吉君。なに読んでんの?」

 晴人が気さくに声をかけると、大吉が手にした本から顔を上げる。

「ああ、春日君に鈴木君じゃないか。ちょっとこれを読んでいたんだ」

 彼は本を閉じて、表紙のタイトルを誇らしげに二人に見せた。


「おお、入門書じゃん! 頭も丸めたし、すごいやる気だね!」

 やや大げさにほめる晴人に気をよくしたのか、大吉は得意気に二人にむかって手をひろげて見せた。


「髪型と本だけじゃないよ。昨日からバットで素振すぶりも始めてね。ごらんのとおり、マメだらけさ」

 彼の人差し指と親指のつけ根には、努力のあとが残っていた。

「バットを振れば振るほど動きが体になじんでくるんだ。こんな経験は初めてだよ。これが是川さんのいう僕の才能なのかもしれないね!」


 それから大吉は、興奮気味に野球への思いを語りだしたが、これが止まらない。

 聞き手の都合などおかまいなしの熱いマシンガントークには、さすがの晴人も苦笑いをうかべている。


「早坂君との勝負の日を、ぜひとも楽しみに待っててくれよ。最高のショーをお見せするからさ!」

 そんな自信に満ちあふれための言葉と共に、大吉の一方的なトークショーはやっと終了した。



「なんか、いろいろとぶっ飛んでたね……」

 席にもどるなり、疲れ切った表情で晴人が口をひらく。

「あいつ、初心者じゃなかったけ?」

 同じようにぐったりしながら、虎徹が問いかける。


「昨日、是川さんに誘われてたときは、そういってたね。それに、こてっちゃんも見たでしょ? あのマメのできかた」

「うん。あれはまちがいなく初心者特有のマメだよなあ……」

 未経験にもかかわらず、たった一日バットを振っただけであの自信。それは、見方によってはあやうくもあった。


「恵一君との勝負は、きっと厳しい結果になると思うんだけど、現実を見せられて心が折れたりしないかな……」

 虎徹と晴人の脳裏に、二学期初日の朝、抜け殻のようにイスにもたれかかっていた大吉の姿がうかぶ。

「野球部をやめる。なんてことに、なったら……」

 虎徹が不安を口にすると、晴人も深刻な表情をうかべた。


「大丈夫だって。そんなに心配するな。あいつはあれでいいんだよ」

 二人に声をかけたのは唯だった。作業が一段落ついた彼女は、糖分を補給するために板チョコにバリバリとかじりついている。


「たしかに自信過剰じしんかじょうかもしれないが、あれだけやる気を見せてるんだ。心が折れたら支えてやるまでさ」

 唯は、口元についたチョコレートをペロリとなめて、いつものように自信に満ちた笑みをうかべた。

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