第11話 千年呪の戦場

 サナは、戦略同盟の広大なガロリア平野にて、地平線の果てまで続くほどの大軍と相対していた。

「蟻みたいね」

 魔力を空中に浮かべ足場として、遥か上空からサナは、その大軍をそう評す。


 気配から察するに、ハーサ・ハイク卿と同等の怪物がひとり。雑兵と幾人かの勇者といったところだろう。

 まあ、その勇者も大したことのない技量だろう。気配から威圧が感じられない。さらに言えば、魔女を殺すにはあまりにも未熟。

 何故なら‥‥‥


煌刃こうじん

 呟くと同時、閃光が遥か遠くで煌めく。


「何故なら‥‥‥自分が死んでることにさえ気付かないのだからね」

 瞬間、サナから見れば地平線の果て、遥か遠くに居た勇者。味方と談笑していたそれらの首が音もなくスルリと落ちた。断面から鮮血が吹き出し、辺りを真紅に染め上げる。

『ゆ、勇者様!?』

『なっ!? 敵の遠距離魔法か!?

 いや、ここまで届くはずが‥‥‥』

 周囲の兵の困惑する声が使い魔を通して聴こえてくる。

「現に届いてるじゃないの」

 呆れた呟きを聞くものはいない。


 それから数分ほど待ち、勇者全滅の報が全軍に知れ渡った頃。

 混乱に陥った教会軍に上空からサナが告げる。


「さあ。魔女の戦いを始めよう」


 そして、阿鼻叫喚の地獄が始まった。


 燃え盛る炎が戦場を支配していた。

 戦場を駆けるサナの背には、幾つかの火球が浮かび、時折、周囲の兵に襲い掛かる。

 数多の死人を出しながらサナが向かうは敵陣の最奥。ハーサと同等の威圧を感じた者のもとへ。


 その辺の兵から奪い取った剣に炎を纏わせ、サナが疾走。

 あまりの熱に剣身が溶け始めるも、それに気を留めることなくサナは剣を振るう。

 別にサナは剣技に秀でているわけではない。

 しかし、兵たちは一合と持たずに斬り倒されていく。

 何故なら、振り下ろされる炎剣、それを受けることすらも叶わないのだから。

 大魔女級が繰り出す超級の身体強化魔術による人体の限界を無視した機動に、魔力強化した剣身をも溶かす高熱の炎剣。

 兵はサナの姿を視認することなく、剣ごと斬り裂かれ、屍を晒していく。

 サナのその在り方はまさしく、死神。

 不可視のまま戦場を駆け、相手に認識されることなく屍を量産する。

 しかし、脅威となるのは質ではなく数。

「‥‥‥っ! 流石に多いわね」

 斬っても斬っても終わりが見えないほどの兵数。

 そうして、それだけの兵の攻撃だ。

 その全てを躱せる訳がない。


「‥‥‥ッッ〜〜〜!!!」

 とうとう、サナの脇腹に剣が突き刺さる。

 その痛みに常時展開していた魔力障壁が揺らいで、その隙を逃さず三振りの剣が背を切り裂く。

 サナがあまりの痛みに膝をつくが、無慈悲にも剣は振るわれ続ける。

 鮮血が舞い散った。


 サナの身体には数多の傷と幾振りかの剣が突き刺さっていた。


 出血で足はふらつき、視界もぼやけている。

 もう、ここまでかな。

 私、死ぬのかな‥‥‥

 まあ、悪くない死に方なんじゃない。

 祖国に家族を殺されて、魔女になって、その祖国を滅ぼした。

 そんな私にしては魔女狩り部隊相手にここまで戦って、それで死ねるなら、もう‥‥‥

 ああ。刃の煌めきが見える。振り下ろされる剣の。剣身に赤黒い血に塗れた私がいる。

 それは、私の血であり、相手の血。

 私の罪の証。

 瞳を閉じる。

 もう、こんな残酷な世界は見たくないから。

 最期は優しい記憶の中で‥‥‥


「死なせませんぞ?」

 威厳を感じる、それでも優しい声。

 これは‥‥‥

 戦略同盟で出会った、あの英雄の‥‥‥

「‥‥‥ハーサ卿?」

 ゆっくりと瞳を開くと、そこには。

 振り下ろされた剣を刀で受け、こちらを振り向く男の姿。

 そこには、魔女狩りの英雄。『龍刀』ハーサ・ハイクがサナを守るように立っていた。




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