第19話 最初の勇者

「唯一の勇者‥‥‥」

 サナがその言葉を呆然と呟く。

「そう、この世界に勇者は僕一人しかいない。

 だけど、君は僕以外の勇者を知っていると言った。

 もし、君が嘘をついていないのだとしたら、君は何者だい?」

 サナの呆然とした態度を見て、なにか事情があるようだと悟ったのか。

 勇者の青年が、サナにそう問いかける。

「私の名前は、サナ。世界呪の魔女よ」

「『千年呪の魔女』か。

 正直、聞いたこともないけど、君から感じるその魔力は間違いなく魔女のもの。

 どうやら、本物の魔女のようだね。

 ‥‥‥なるほど。つまり、此処は普通の世界じゃないわけだ。僕の全く知らない魔女が多くいる。

 さて、問題はこれからどうするか。

『魔女を殺せ』か。

 あの声に従うのも一つの‥‥‥

 ん? ああ。名乗ってなかったね。

 僕はレン。教会の勇者、レンだよ」

 レンと名乗った青年はサナにその右手を差し出す。

「とりあえず、この場所から出るまでよろしくね。サナさん」

 その手をぎこちなくサナが握り返す。

「私、貴方に一つ聞きたいことがあるの」

 その手を握ったまま、サナはレンにそう問いかけた。

「なんだい?」

 レンの返答にサナは僅かな沈黙。

「なら、教会とは何? 

 一体、何の為に創られたの?」

 一瞬の迷いの末、サナがレンに教会の根幹たることを聞く。

 それは、サナの心からの疑問だった。

 何故、教会が創られたのか。

 一体、何が目的だったのか。

 それが、どうしても知りたいのだ。

 それは、いわれのない罪に問われ、教会の下部組織ともいえる異端処刑部隊によって、故郷を焼き払われたサナとしては聞いて当然の質問だった。


『教会が何故創られたのか』

 おそらくは魔女なのであろう少女の問いに、レンは今となっては遠く離れた存在になってしまった親友との記憶に意識を向けていった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ねぇ、レン。

 君はこの世界をどう思う?

 この力に支配されている世界を」

 親友のケイがそう言ったのは、炎に蹂躙されていく故郷の中だった。

 お互い血にまみれ、息も絶え絶え。

 まさに、死が目前まで迫って来ている。そんな状況での問いにレンは自分の感情のすべてを込めて言う。

「そりゃ、憎いさ。

 僕らのように飢えに苦しみ、そして圧倒的な力に誰にも知られず殺されていく。

 そんな人は大勢いて。

 それも、僕らは無力だからっていう理不尽な理由でそんなことが容認されている。

 そんなことが許されて良い訳がない!!

 僕らに、僕に力さえあれば‥‥‥

 こんなことには‥‥‥」

 それは、意味のない後悔。

 もし、もしも、力があれば故郷が燃え、《あんな化け物》にみんなが殺されることはなかったのに。

 それは、仮定に過ぎず、もう結果は決まっている。

 レンの視界に映るのは血と炎に支配され、見る影もなくなった故郷を我が物顔で闊歩かっぽする一人の少女。

 まだ幼さの残るその顔には鮮血がべっとりとこびりついている。

 そして、その少女こそが突然現れた災厄にして、二人の故郷を地獄に変えた張本人だ。

 魔女。少女は俗にそう呼ばれる存在だった。

 気まぐれで各地に現れ、殺戮の限りを尽くして消え去っていく。

 まさに、生きる災厄そのもの所業。

 その化け物が二人の故郷に現れたのは、ただの気まぐれだろう。

 しかし、一人の強者の気まぐれで多くの無辜の民が意味もなく死んだ。

 不運。

 一言で言えばそれだけだろうが、被害者にとってはそれだけで済む訳が無い。

「‥‥‥ッ! 殺すッ、必ずアイツを殺してやるッッ!!!!」

 憎しみに満ちたレンの叫びを意に返さず、災厄の少女が最後の生存者である二人の少年に近づく。その瞳には、圧倒的な力で蹂躙することに対する恍惚がある。

「死になさい。餓鬼ィ!!!」

 少女の周りに数多の構成。その照準は全て、レンとケイに向けられている。

 この殺戮の魔女のことだ。

 誤差などあるまい。

 死を覚悟し、でも、最期まで諦めまいと少女を睨むレンの視界で、構成が眩い閃光を放つ。

 最後に呟くのは、

「さよなら、ケイ」

 親友の名前が良かった。


「呑まれたのね」

 ‥‥‥声が聞こえた。

 いつまで経っても痛みは来ない。

 感じたのは、哀れみのこもった悲しそうな声。

 思わず閉じていた目蓋を恐る恐る開く。

「‥‥‥えッ!!???」

 ‥‥‥そこには、膨大な魔力がこもり、人など触れた瞬間に消し飛ぶような魔女の攻撃を空に掲げた右手で悠々と受け止める少女の姿があった。

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