第20話 勇者の追憶

 魔女の攻撃をいとも容易く受け止めた幼い少女は片手を掲げながら、レンに振り返り。

「大丈夫かい?」

 そう少女とは思えない威厳に満ちた声で問いかけた。

「『動くな』」

 すっと、一言。

 すると、魔女の周囲を光り輝く円環が回り始める。

「ッ……!?」

 それが結界の類だと気づいたのは魔女が驚きを隠せない声を漏らしたからだった。

 強力ながらも、そうと気づかせないほど美しい結界。

 それに驚くレンを少女はじっと見つめる。

 それが、先ほどの問いの返答を求める沈黙だと気づき、慌てて言葉を返す。

「えっ‥‥‥だ、大丈夫です」

 明らかに年下の少女に敬語になってしまうのは、もはや本能だった。圧倒的強者に対する畏怖にも似た感情。

「そっちのは?」

「‥‥‥っ!!」

 そのそっけない声で一緒にいた親友のことを思い出す。

「ケイっ‥‥‥!? 大丈夫かっ!!」

「ん‥‥‥? レン‥‥‥?

 ぼ、僕は‥‥‥??」

「良かった‥‥‥。無事で、本当に良かったよ‥‥‥」

 親友の開かれた瞼。その奥の瞳に自分の姿が映っているのをみて。

 レンが、生きていると。

 そう実感できて。

 そして、言葉が、そして涙が、自然に溢れ出す。

「えっ‥‥‥ど、どうしたんだい‥‥‥?

 ケイ?? 僕、何かしちゃったかな‥‥‥」

 困惑するレンを見ていると、心配したことが損に思えて。それでも、生きていてくれたのがどうしようもなくうれしくて。

 そんな混沌とした、ごちゃごちゃの感情を抱いたまま。

 思うままに、レンを抱きしめる。思いっきり、力を込めて。

 目の前で親友を死なせるようなことは決してしない。

 そのために強くなろうと心に決めながら。


「それで、貴女は‥‥‥?」

 突然、親友に泣かれながら抱き着かれた困惑から回復したレンが、その片手で未だに魔女の一撃を受け止め続けている少女に問う。

「ん? わらわの名はイヴ。そこの」

 くいっ、と魔女を顎で指して。

「愚か者の師で、世界最古の、原初の魔女だ」

 淡々と告げられた事実に二人の少年たちは、その瞳を困惑の色に染る。

「えっ‥‥‥と?」

「げ、原初の魔女‥‥‥?」

 耳を疑うような少女の告白にケイとレンは困惑の表情を浮かべる。

 そんな二人に、

「そう、妾こそが世界最初の魔女にして、すべての魔女を生み出した者。

 名は世界呪の魔女、イヴという。

 幼き少年たちよ。君たちの故郷を焼き尽くし、肉親を惨殺したこの愚か者を生み出したのはこの妾だ。恨むのであれば、それはかまわないよ」

 世界最古の魔女を名乗る少女は威厳に満ちた声でそう言った。

 ひと時の静寂ののち

「「‥‥‥僕たちに魔女を倒す力をくださいっ!!」」

 二人の少年の覚悟を感じさせる声が響き渡った。

「魔女を、斃す?

 君たちが、その人の身で?

 そもそも、魔女である妾が魔女を倒し得る力を渡すと思っているの?」

 予想外のことを突然問われたイヴが、失笑しながら、少年に問い返して。

「堕ちた魔女に殺される人を減らしたいんですッ!!」

「‥‥‥」

 強い感情のこもったその言葉に、思わずイヴは沈黙する。

 そして、僅かな、それでいて永劫にも思える静寂の果て。

「‥‥‥人間は」

「死ィねェェェェッッ!!!!!」

 イヴの返答は、拘束されていた魔女の怨嗟の叫びにかき消された。

 イヴが、ちらりと魔女に視線をやる。

 それと同時。

 魔女の身体を炎が覆う。それは、どす黒さを含めた禍々しい炎。

 その炎が、イヴの拘束魔術を貪る《むさぼる》ように燃やしていく。

 それはどこまでも貪欲に。ただ一つ喰らいつくすことだけを考えているかかのように。

 

 そして、2人の少年の故郷を焼き尽くした魔女が解き放たれた。

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