第21話 勇者の始まり

 業火を纏い、もはや、声にならない怨嗟の叫びをあげながら、イヴと二人の少年目掛けて、魔女は全速で吶喊とっかんする。

 たとえ、己が身をその炎で焼き尽くそうとも、必ずイヴたちを殺すという覚悟を込めて。

 だが、それさえも————

「《天剣》」

 世界呪の魔女、イヴは業火を纏った魔女を片目で見、魔女に片手を向けて、静かにそう呟く。


 その時。

 天が唸りをあげた。

 重低音が辺り一帯に響き渡る。

 それは、人間の、生物の本能が命の危機を訴えるような音。まるで巨大な獣が唸るような。

 そして、その重低音が一際、重く低くなった。

 その時だった。

 


 それは、そう表現するしかない現象だった。

 凄まじい轟音と共に閃光が空を裂いたのだ。

 でも、それは決して雷のような生優しいものではなかった。


 天が切り裂かれた後、レンたちが目にしたのは。

 体が胴で二分され‥‥‥

 いや、息も絶え絶えとなった魔女だった。

 本来、胴体があったであろう場所には眩しく光り輝く一振りの大剣が大地に深々と突き刺さっていた。

 たった一振りの大剣。そして、原初の魔女を名乗る少女の一言。

 たったそれだけのものが、あの魔女の命を軽々と奪った。

 レンたちの故郷を焼き払い、数多の人々の命を容易く奪ってきたあの魔女を。


「‥‥‥人間は、とても弱い」

 イヴはまるで何事もなかったかのように会話を再開する。

 それを見て、二人の少年は『ああ。この人も魔女化け物なんだ』と、悟った。

 個人ではあり得ないほどの武力をその身に宿し、その力を持ってあらゆる物を蹂躙する。

 そして、他者を殺めても心を痛めない怪物なのだと。

 少年たちの思いを知ってか知らずか、イヴは話を続ける。

「人の身では魔女を殺すことなど出来ない。

 武器は全て消され、その身も跡形もなく消え失せるだろう。

 それでも、魔女を殺したいか?

 命を懸けてでも、見も知らぬ誰かを救いたいか?」


 その問いは、覚悟を問うもの。

 死より苦しい生になるとしても、いつ死ぬか分からないとしても、その命を魔女殺しに費やす覚悟はあるのか?

 と、そう問うている。


 レンとケイは顔を見合わせる。

 なにを言っているのかと。

 そんなものとうに決まっている。

 たとえ、命を落とそうとも、魔女におびやかされ、魔女に救われたこの命は、悪しき魔女を討つ為に使うと決めたのだから。


 その決意を秘めた瞳の輝きを見たのか、イヴは呆れたようなため息をひとつ零し。

「なら、ついてこい。

 お前らに力を授けてやる」

 そう一言。

 そして、二人に背を向け去っていく。

 レンとケイはイヴを追い。

 そして、二人の修行が始まった。


 あれから、どれほどの時が経ったのだろうか。

 一体、どのような修行をしたのか。

 もう覚えてはいない。

 ただ一つ、覚えているのは、あの日。修行の終わりをイヴに告げられた日。

 天を燃やすような夕焼けを背にした海岸で、『合格だ』と告げたイヴの瞳が僅かにうるんでいたことだけ。


 そして、初めての魔女討伐の時。

 親友が死んだ。

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