第22話 『教会』の始まり

 世界呪の魔女、イヴのもとを去った二人の少年はニベラという名の港町にいた。

 かつては栄えていたのだろう。

 そううかがわせるのは港から続く大通りに並んだ酒場と宿屋の数々。

 だがそれも、軒並み閉まっており、通りは人っ子一人いない閑散としていた。

「寂しい町だね」

 ケイのその呟きが全てを物語っていた。


「‥‥‥レン」

「ああ。

 ケイの囁きにレンが視線を向けず答える。

 この町に入った時から、視線を感じるのだ。

 それもひとつではなく。複数の。

 好奇心からではなく敵意からだとはっきりわかるような不快な視線だった‥‥‥‥‥


 _________________________________________


「結局、あの視線はなんだったんだろうね」

 その夜。

 なんとか見つけた宿屋の相部屋のベットの上でくつろぎながら、ケイはレンにそう言っていた。


「さあ?

 ただ、顔色の悪いこの宿屋のおじさんといい、この町に何かあるのは間違いないと思うよ」

 世界呪の魔女、イヴに渡された剣の刃を研ぎながら、レンはそう言う。

「一体、どんな魔女なんだろう」

「どんな魔女であっても討つだけだよ」

「そうだね、それが僕らの使命なのだから。

 おやすみ、レン」

「ああ。おやすみ」

 そうして、眠りについたケイを見て。


「‥‥‥ッ」

 わずかな痛みが指先を走った。

 見ると、どうやら刃でわずかに指先を切ったらしく、傷ひとつないその刃に一滴の鮮血がのっていた。


 なにか嫌な予感がした。



 それから三日が経った。

 三日間、魔女を探し続けても何一つとして音沙汰は無く。

 此処にはいないのかもしれないと二人が思い始めた頃だった。


 その日は嵐だった。

 そして、それは荒れ狂う大海から突然現れた。

 身の丈の三倍はあろうかという長い長い髪を有し、虚空を踏みしめて。

 それこそがこの地に巣食う魔女だった。

 海水を滴らせ、天空に浮かび上がった魔女が浮かべるのは強者の表情。

「小童どもが、この私になんの用だ?」

 圧倒的な自信に裏付けられたそのセリフ。用件など知っているだろうに、あえて問うのは、それは己が絶対的有利だからか。


 それは定かではないが、間違いないのはこの場における最強は大海より現れた魔女であるということだ。

 ただ、ただそれであっても。

 己では歯が立たぬ程の強者であると知っていても。

 人々の為、願った未来のため。

 この二人の少年たちが撤退を選ぶことはないのだろう。


「さぁて、始めようか。

 ケイ、僕らの魔女殺しの物語を」

「そうしようか、レン。

 幼き日の僕らが願い祈ったことのために」

 レンが腰の剣を抜き放ち、ケイがその手のひらに神々しいまでの光を宿す。

 それこそが、世界呪の魔女にして師であるイヴに授けられた彼らの力。魔女を屠る力。


 それに対し、魔女の余裕は崩れることはない。

 圧倒的高みから見下ろすのは絶対的強者の風格。

 数多の人を殺し、呪い、それで得た力をもって魔女は言った。

「さあ、ならば殺してみろ。

 人たる貴様らに魔女が殺せるのであれば」

 そう語るその瞳には、憐れみとそれを上回る歓びがあった。


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