第23話 朱き海の魔女

 久方ぶりの挑戦者の登場に魔女は歓んでいた。

 たとえそれが、非力な人間であったとしても。そうだとしても闘争に身を投じようとするほどには、魔女は暇を持て余していたのだったのだろう。

 故に刃を抜き放ち、そして、その手に光を集わせる二人の少年は、魔女が待ちに待ったなのだった。


 魔女は言う。

 それは力ある言葉。

 ただ一言で世界を書き換える魔女の秘奥。

『我が言葉を命とせよ』

 その言葉から始まるその力を人は『魔術』と呼んだ。


「『我が言葉を命とせよ。

 其は大海。

 世界を覆う万象の母なり。

 されど、母とて我が前には無と帰せ。

 囲え。

 其に反するものを』」

 ひとつ間を開けて。

「『水獄』」

 厳かにそう告げた。


 大海のその荒ぶる海面に光の帯がはしる。

 数多の光り輝く帯は、まとまり結ばれ、瞬く間に一つの魔術構成を形作る。

 まるでその海を覆うのではないかと思わせるかのように大きな構成であった。


 パチン。

 魔女が指を高らかに鳴らす。

 その音が天に響いて、構成が一際強い輝きを放つ。


 そして‥‥‥。

 


 それは、文字通りの。そして、現実として信じ難い光景であった。

 膨大な量の海水が重力に逆らい宙に浮き、空中を漂う。

 非現実の、人間の常識では計り知れない力と相対す。

 それが命を懸けて魔女を討伐するということだということを。

 このとき、レンたちははじめて知ったのだった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「正直、それからの戦いのことはあまりよく覚えてないんだよね」

 後に、遥か未来で、最初の勇者たるレンはそう語る。

「覚えてるのは、鮮血の赤に染まりきった荒ぶる海が、あの港町を意志ある獣のように蹂躙し、その圧倒的な質量ですべてを押しつぶしていったこと。

 その惨状を嗤う魔女にこらえきれないほどの怒りを覚えたこと。

 そして‥‥‥」

 一呼吸。話すのをためらうように僅かな沈黙がサナとレンの間におりる。

「‥‥‥そして、ケイが、唯一無二の親友が、そのあかの海に飲み込まれって行った、その光景だけだよ」

 当時の感情が再び湧きあがったのだろうか。

 レンは悲し気にそう語り終えたのだった。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 魔女が討ち果たされ、静寂だった港町は賑わいを取り戻していった。

 その騒がしさを背に、独りとなったレンは町を後にしていた。

 そこにいても、今はもういない親友を思い出してしまうから。

 いつも隣にいた。いつも隣で笑っていた親友はもういない。もう二度と笑い合うことはない。


 魔女討伐の代償はあまりにも大きすぎた。

 だが、それが魔女を討つということ。

 人間に対する絶対的強者を討ち倒すにはそれなりの対価がいるのだ。




 レンは知らなかった。

 紅の海に落ちた親友の行く末を。

 そして、遥か未来に対峙することとなるその運命を。

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世界呪の魔女 千羽 一鷹 @senba14

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