第6話 魔女と旅人②

 戦略同盟の城壁。

 そこから聞こえた怒鳴り声は、まず間違いなく門番のものだろう。

『ふむ。

 獣骸街道このような道を通る者が我らの他にもいたとはな。

 サナ、どうする?』

「え? とりあえず見に行くけど?」

 なに当然のことを言っているの?

 そんな響きの声。


『‥‥‥はぁ』

 サナの好奇心が強い。そんなことは分かっていたという悪魔のため息が、すこし虚しく響いた。


「貴様。何故、獣骸街道から来た?

 この道の先にある王国は、千年呪の魔女により壊滅させられた。

 そのようなところから来る貴様は、魔女の手先か? 旅人」

「魔女の手先?

 いえいえ。そんな恐ろしい事できる訳ないじゃないですか。私は一介の旅人ですよ。

 魔女の手先だなんて‥‥‥」

 魔術によって姿を消したサナの前で、そんな会話が繰り広げられている。

 姿を消したサナの少し前方。戦略同盟の城壁の前で、紺の外套を羽織り、同色のフードを被っている旅人のような格好の人物が、そんな門番の尋問を受けていた。


『うむ。あれは怪しいな』

 その様子を見ていた悪魔が間髪入れずにそう呟く。

「怪しいわね。

 どう考えても、普通の旅人じゃあ無いよ」

 サナも同意見。

『ならば、様子見で‥‥‥』


「おおっ。

 こんなところにいたのかい!」

 辺りに響き渡る程の旅人の大きな声がした。

「はやく来なさい」

 そうして、旅人は手招きをする。


「‥‥‥へっ!?」

 サナの驚愕の声。

 それもそのはず、魔術によって姿を消しているのだ。

 サナのいるところをただの人が見たところで、なんの変哲もない獣骸街道の景色が広がっているだけだろう。

 それなのに、旅人は正確にサナの居場所を言い当ててみせた。

 それは、つまり‥‥‥。

「貴方、ただの旅人では無いですね。何者ですか!」

 その問いに対し、旅人は軽い調子で応える。

「いや~。僕は旅人だよ。

 少しいろいろなことを知っているだけ‥‥‥」

「貴様、誰と話している!?」

 旅人の言葉を門番が突然遮った。

 それはそうだろう。

 門番にサナの姿は見えないのだから。

 門番からしたら、怪しい旅人が突然、虚空に向かって話し出したのだ。

 何もしなかったら職務怠慢もいいところだな。

 と、サナはそんなことを思う。


「ああ。見えないのか。なら‥‥‥」

 そして、旅人が手を叩く。

「‥‥‥なら、見せてあげるよ」

 旅人の囁きが、かすかに聞こえて。


「‥‥‥っ!??」

 瞬間、衝撃がサナを襲った。


 パリンッ

 硝子の割れるような音が辺りに響く。

 そして、サナの姿を隠していた魔術迷彩が砕け散る。


「えっ!?」

『これは‥‥‥魔術干渉か!?』

 サナと悪魔の驚愕の声。

 しかし、その意味は異なっていた。

 サナは、自らの魔術が解かれたことに対する驚き。

 悪魔は、旅人の技量に対する驚きであった。

「‥‥‥ねえ。魔術干渉って何?」

 悪魔の言葉を聞き逃さなかったサナが、驚き冷めやまない様子の悪魔に問う。

『あ、あぁ』

『魔術干渉は、相手が展開中の魔術式に文字通り干渉して、その魔術を自己崩壊させる技術だ。

 完全に術者の技量に左右されるから、使い手はもう居ないと思っていたのだが‥‥‥

 我が知っている限り、使えるのは古今東西、世界呪の魔女だけのはずだ』

「つまり‥‥‥」

『ああ。あの旅人は原初の魔女と同等の力を持っているということになるな』


 そんな規格外な旅人は、あまりの驚きに開いた口の塞がらない門番を無視して、サナたちを手招きしている。

「‥‥‥」

『‥‥‥行くしかないだろうな』

 諦めを滲ませて、サナたちは、怪しい旅人に向かって、歩んでいく。


 それを見ながら、フードの影。そこで、旅人は笑う。

 まだ見ぬ、未来を待ちわびて。

 そして、サナに聞こえないほどの小声で囁いた。


「千年呪の魔女よ。

 もう、世界の歯車は回っているのだよ」


 そう声に歓喜を滲ませながら。





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