第5話 魔女と旅人①

 旧王国から、戦略同盟へと向かう獣骸街道じゅうがいかいどう

 その名は、かつて、千を超える獣の死骸で埋め尽くされたことからついたと言われているが、所詮は噂。さらに言えば、今はただの平和な街道である。


 そんなのどかな街道を黒装束の少女が一人歩いていた。

 その方には一匹の黒猫がくつろいでいる。

「‥‥‥暑い」

 黒装束の少女―———サナは、そう呟いた。

 いくら真夏ではないといえ、全身真っ黒では暑くもなるだろう。

『お前、アホなのか?』

「‥‥‥うるさい」

 悪魔と言い争いながら、サナはゆっくりと戦略同盟へと歩みを進めていた。

 使い魔である黒猫が、サナの肩で呆れた目をしている。

 二日前。住まいである魔女の城を出発してから、ずっとこの調子なのだ。

 はたから見ている黒猫からすれば、迷惑以外の何物でもない。

 見ているといっても、悪魔はサナの心の中なので、サナが独り喋っているだけなのだが。

 まあ、使い魔としての契約を結んでいるため、悪魔の声は聞こえるから、主が変人に見えることはないのが救いだろう。


 疲れないのか?

 と、毎度思っているのだが、言い争いに飽きる気配はなく、悩みは深くなるばかりだ。

 まったく、仲が良いのか、悪いのか。

 ふと、空を仰ぐと雲一つない快晴の青空に、大きな翼を広げて天を駆ける一羽の鳥の影がある。

 何物にも縛られない生活。

 それは、自由なのだろうが。同時に自由でもない気がした。

 眠い。

 黒猫はそう思う。

 難しいことを考えすぎたせいだろうか。


 その思考を最後に、黒猫は眠りに落ちた。


「それにしても、何もない街道ね」

『かつては、栄えていたとしても。

 何処かの誰かが、王国を消し飛ばしたからな。

 旅人が来ないのだろうよ』

「‥‥‥」


 穏やかな旅路。

 魔女と悪魔とその使い魔とは思えない優しい会話。

 サナがかつてのような少女であれば、この生活に浸っていただろう。

 しかし、今は魔女。

 そして、これより向かうのは血で血を洗う戦場である。

 だからこそ。

 この安らぎを堪能していたかったのかもしれない。


 戦略同盟に近づくにつれて、周囲の緊張感は増していった。


 そして、五日後。

 サナたちは、戦略同盟の目前まで来ていた。

 何もない穏やかな旅路に終わりの時が迫っている。

 そこで、ふと、悪魔が問う。

『ところで、サナよ。

 お前、どうやって同盟国内に入るのだ?』

「‥‥‥えっ?」

 どうやら気付いていないよう。

『獣骸街道は、旧王国と戦略同盟を結ぶ街道だぞ?

 そして、王国無き今、この街道を通る者は零に等しい。

 さらに、千年呪の魔女が王国滅亡の際、黒装束を纏っていたことは周知の事実。

 つまり、そんな格好で、この獣骸街道から同盟に向かえば、即刻バレるぞ?』

「‥‥‥うっ」

 悪魔の丁寧な指摘に、サナは問題点を悟ったようだ。

 しかし、同盟の東端はすぐそこである。

 一刻も歩けばついてしまうだろう。

 それに、白嶺帝国と教会の魔女討伐部隊も迫って来ているはず。

 もはや、衣服を替える時間などない。

「しょうがないから、このまま行くよ。

 バレたら、記憶を飛ばすから」

 なかなか強引な手段をサナが口にした時。


「貴様、何者だっ!」

 そう怒鳴る声が聞こえたのだった。






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