第13話 使徒 ①

 悪魔の声に従いサナは構成を組み上げる。

 それは、仄かな薄紫に光る構成。

 その幾何学の紋様は命を懸けるに相応しい美しさを放っている。


 ハーサと対峙していた教会の兵たちが、その膨大すぎる魔力に気づきこちらを向く。

「お、おい! あれを止めろッ!!」

 ハーサと斬り結んでいた隊長格の男が部下たちに命ずる。

 その隙を見逃さずハーサが男を袈裟斬りに切り捨てる。

 ハーサが血飛沫を高く上げ倒れていく男に背を向けサナを見て、その構成に気付く。

 その緻密な構成が僅かに揺らぐ。

「サナ殿っ! それは‥‥‥」

 その一瞬をハーサは見逃さなかった。

 その揺らぎは構成の不安定さを物語っている。

 魔術とは、繊細な技である。構成に僅かでも揺らぎなどの欠陥があれば、その魔術は成功せずに術者に危害を加える。

 具体的には、爆発するのである。

 そして、その欠陥をもたらすのは純粋に力量不足のみ。

 そのことをハーサはよく知っている。

 今までにそうして散っていった魔女たちを数多く知っているから。


「おやめくださいっ!! その魔術を使ってはいけませぬっ!!」

 だから、叫ぶ。

 サナに死なれては困るのだ。まだ。主の足を引っ張る訳にはいかないのだから。

 サナの生を主が望む。それだけで、ハーサがサナを守る理由は十分であった。

「使えば‥‥‥死にますぞっ!!!!」

「‥‥‥ええ、分かっています。

 これが千年呪の魔女、その最後の魔術になると。

 でも、これでいいんです。

 教会の魔女討伐部隊、その全てを巻き添えに散る。

 この『第九階位禁忌級対軍魔術"殲轟"《せんごう》』で。

 まさしく、祖国を滅ぼした魔女に相応しい死に様ですよ。

 私の『悪魔』もそう思っているはずです」

 覚悟を決めた魔女の、それも第九階位ほどの大魔術を止めるすべをハーサは持っていない。

 できるのは時間稼ぎだけ。が来るまでの時間を稼ぐ。

 そのためにハーサはサナに問う。

 もとより、これは以前から疑問に思っていたことだ。

「サナ殿‥‥‥悪魔とはなんですか?」

「‥‥‥えっ? 悪魔は悪魔よ。魔女の力の源の」

 何を当たり前のことを聞いているのだ。と、サナが怪訝な表情を浮かべる。

「‥‥‥なにをおっしゃっているのですか? そんなものありませんよ」

 悪魔? そんなものは無い。魔女の力の源はこの世界の‥‥‥


「そんなことよりも、兎に角此処で教会を潰しますっ!」

 構成が一際強い光を放つ。辺りを紫に染め上げて‥‥‥


「そこまでよ」


 天空より威厳に満ちた声が響き渡った。

 サナの構成が、攻め込もうとしていた教会兵たちが。そして、ハーサさえもが動きを止めた、否。止まった。その声に逆らうことなど考えられないほどの威厳。

 天上よりサナたちを見下ろしていたのは、黒衣を纏った魔女。その装束はサナのものと違い露出が多めなデザインだ。つばの広い三角帽子を被り、虚空で足を組む彼女は。

「「‥‥‥魔女だ。強奪の魔女だ‥‥‥」」

 教会の兵士たちが絶望の声をあげる。

 そう。彼女こそ世界に僅か四人のみの『大魔女』その一人。

 単独で白嶺帝国を恐怖に陥れたと語り継がれる、正真正銘の生きた災厄。

 強奪の魔女、フェーニがそこにいた。


 大軍には目もくれず、フェーニはサナを、サナの中の何かを見つめている。

 どれくらい経っただろうか。その戦場の誰もが動けないような沈黙の後。

「そう。そういうことなのね」

 一人、得心したようにフェーニが呟いた。

 不安定だったサナの魔術構成を魔力で強引に押さえつけながら、フェーニがサナに語りかける。

「貴女にその魔術はまだ早い。まだ力が足りない。

 だから‥‥‥少し眠っていなさい。」

 パチン!

 フェーニの指が高らかに鳴る。

 途端、サナは意識を手放し、糸の切れた人形のように倒れ伏す。

「千年も眠っていれば、貴女はその名に相応しい魔女になる。

 千年後、また会いましょう」

 フェーニは一人、そう呟く。

 長き時の果て、再会するだろう魔女を想って。


 術者が意識を失い、"殲轟"が崩壊を始める。

 ただ、それは『第九階位』。天変地異にも等しき大魔術である。その膨大な魔力が崩壊と共に無くなるはずもない。

 行き場を失った魔力は暴走を始める。そして、辺り一帯を消し飛ばすのだろう。


「そんなこと、させないけどね」

 ‥‥‥本来であれば。

 本来、『第九階位』の魔術の暴走を収めるには同等の魔術で相殺するしかすべはない。それは大魔女級であっても同じことだ。

 そう、強奪の魔女でなければ。


 フェーニの『強奪』は、他者からありとあらゆるものを奪い取る権能である。

 そして、それには魔術構成すらも含まれる。


 だから。

        『強奪』

 フェーニが、構成に右手をかざす。

 ただそれだけで、構成の所有権はサナからフェーニに移る。


 後は簡単だ。

 ただ、構成を消せばいいのだから。

 フェーニが軽く右手を振る。

 すると、その膨大な魔力が立ち所に消え失せた。


「さて」

 大魔術の処理を終わらせたフェーニは、意識を失ったサナの方を向く。

 そして、

「出てきなさい。使

 敵意に満ちた声でそう語りかけた。


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