第16話 魔女達の覚悟

 全身に裂傷と打撲を刻んだ使徒が地に伏していた。

 その傍らには愛刀を支えに、膝をつくハーサが荒い呼吸を繰り返している。

 人ならざる身であるハーサでさえも疲弊するほどの絶技。それが『龍舞』であった。

 その『龍舞』を正面から受け、使徒は敗れた。その一撃がハーサに届くことはなかったのである。

 それこそがサナに寄生した使徒と、数多の魔女を狩り、屠って《ほふって》きた『龍刀』のハーサとの歴然たる違いだったのかもしれない。

 しかし、仮定の話に意味はない。ここにはただ、使徒が敗れたという事実があるだけなのだから。

 無に帰っていく創造された命を、ハーサはいつか訪れるであろう己の結末を見るかのように、何も言わずに見つめ続けていた。


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「それにしても、『龍舞』か。

 イヴ、君はとんでもないものを蘇らせてくれたな」

 「そうか? ハーサの『龍舞』はあくまでも劣化版。妾や貴様のような級に通じるものではないぞ」


 そこは世界の果て。

 人類未踏の地にして、世界最古の魔女の住む地である。

 世界呪の魔女相手に恐れることなく会話をするのは、藍色の髪を持つ一人の男だ。

 くたびれた外套をその身に纏う《まとう》姿、その髪色が藍色であることを知る者はごく僅かであるほど、普段は外套のフードを外さない。

 魔女達に『旅人』の名で知られる、イヴと対等な実力をもつと言われる怪物がそこにいた。

「確かに、劣化版なら私たちの相手ではないだろうが、再現度が高まるほど『龍舞』の力は管理者《私たち》に近づくのだぞ?」

 多少の危機感を帯びた旅人の言葉をサナは笑う。

「その方が面白いじゃないの」

 と。

「はぁ‥‥‥」

 旅人のため息。それには呆れと諦めが混在していた。


 イヴがふと、遠くの空に視線を向ける。

「‥‥‥遂に、この時が来たのだな」

 その動作に応じ、旅人が悲しみを滲ませた声で言う。

「えぇ。‥‥‥でも、これは悲しむべきことではない。

 むしろ、喜ぶべきこと。

 魔女妾たちは、この世界をかの女神の支配から解き放つ。そのためにいるのだから」


 おもむろに、イヴがその右手を天に掲げる。

 そして、その指を

「パチン!!」

 まるで、世界に響き渡らせるかのように、高く高く鳴らした。


 瞬間、百人に迫るほどの人影がイヴの周りに出現する。

「ライラ、来ていないのは?」

「ん〜っと、十人くらいかな」

 イヴの問いに軽い調子で答えたのは、ひとりの少女だった。

「そう。集まってない魔女の中で、大魔女級は『背約』だけね?」

 イヴの周りの人影たちは、その全員が魔女。

 そして、ライラという名の少女こそ。

「うん。あの裏切り者の『背約』は、この『星詠ほしよみ』の魔女が殺す」

 ライラが、その外見からは想像もつかないほどの殺意に満ちた声で決意を口にする。


『星詠』の魔女。

 それは、世界全てと、未来さえも見通す瞳をもつ魔女にして、『世界呪』、『強奪』と同じく太古から生を繋ぐ大魔女である。


 そんな最強を含めた全ての魔女をイヴは呼び出した。


「始めるのね」

 全てを悟った声で、一人の魔女がイヴに問う。

「えぇ。リル、遂に始まるの」

「この時を待っていたよ。イヴ。

 この『夢幻』の大魔女リルは、この時の為に今まで生を繋いでいたのだからね」


「フェーニは、まだ‥‥‥」

「ん? どうしたの、イヴ」

 イヴが声を掛けたそこには、いつの間にかサナを背負った『強奪』の魔女が当然のようにいた。

「フェーニ‥‥‥!?」

「なに、驚いてるの?

 貴女がわたしを呼んだ。

 だから、『強奪』の魔女は今、此処に居るのよ」


 フェーニがこの場全ての魔女が抱く思いをイヴに告げる。

「『強奪』と『星詠』と『夢幻』。

 あの裏切り者を除いて、大魔女は此処に居る。

 魔女たちも此処に揃った。

 全ては狂ってしまった支配者を討つため。

 そして、イヴ。

 貴女を永劫の苦しみから救う為に」


 その言葉を聞き、僅かに俯いたイヴが問う。

「皆、これから死ぬかもしれない。

 それでも、妾についてくると言うの?」

「‥‥‥わたしたちは、もう十二分に生きたよ。

 多くの喜びを知ったし、悲しみも知った。

 絶望に浸ったこともある。

 それでも、わたしは魔女になったことを悔いたことは無いよ。

 きっと、それは此処に居る皆が同じだと思ってる。

 だから、イヴ。

 さあ、行こう!!」


「‥‥‥ありがとう。

 妾と共にいてくれて。

 なら、始めようか。

 魔女の覚悟をあの女神に見せてあげようじゃないか!!」

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