第15話 『龍刀』と「使徒」

 それは虚無から生まれ落ちた。

 ただ、神の手足の一つであれと望まれて。


 それは虚空から創造された。

 至高の絶技。その継承者になれと定められて。


 _________________________________________

 ハーサの刀と使徒の腕が衝突し、火花が散る。

 腕力は僅かに使徒の方が優勢。だが、それをハーサは己の技量で覆えす。

 刀身が舞う様に煌く、瞬く間に繰り出される斬撃が使徒の全身を切り裂く。

 しかし、その傷口から鮮血が飛び散ることはなく、そのことが何よりも使徒が生命体でないことを語っている。

 全身の裂傷を気にすることなく、使徒がハーサの懐に飛び込む。

 その腕が目にもとまらぬ速さで振られ、しかし、ハーサは僅かに仰け反って直撃を避けてみせる。

 狙いの逸れた一撃がハーサの脇腹を僅かに抉る。

 その一撃から一瞬の間が空き、ハーサの繰り出した一閃が使徒の左手首を半ばまで切り裂く。

『‥‥‥ッッ!!!』

 たまらず使徒は後退する。

 対するハーサが追撃することは無い。

 代わりにやはり痛むのだろう。顔をしかめながら脇腹に手を添える。

『これが、噂に名高き『龍刀』の腕前ですか。

 まさかこれほどとは‥‥‥正直、予想外ではある。

 されど! 使徒に敗北は許されない。

 それ故に、ハーサ卿。

 此処で屍を晒していただくッ!!!!』

 そう宣言して、使徒が、その左手首の損傷はそのままにハーサ目掛けて駆け出す。

 ハーサに閃光の如く迫り、鋭利な爪のある右腕を振るう。

「‥‥‥っ!!!」

 その一撃をハーサの刀がかろうじて受け止める。

 そのまま拮抗状態に陥る。

 しかし、腕力で劣るハーサの敗北はこのままでは避けようも無い。

 だが、ハーサに焦りの気配は皆無。

「それでは先程と変わらないぞ」

 冷静な一言と共に再び刀身が煌く。

 魔女殺し。そして、『龍刀』の名に相応しい剣技が冴える。

 一呼吸のうちに数十、数百の斬撃が繰り出される。その中に、同じ太刀筋は一つとしてない。

 幾百もの斬撃の後、切り傷塗れの使徒にその首を落とす軌道を刀身が神速で駆け抜ける。

 その煌めきを使徒の瞳が映し出す。

 使徒が迫る刀身を見つめて‥‥‥


 その左手と左腕が宙を舞った。

「‥‥‥っ!?」

『ハァァァッ!!!!!』

 切れかかった左手首で刀身を受け、その軌道を逸らしたのかと、ハーサは瞬時に気づく。

 だが、それは致命的な隙だった。

 瞬間、使徒の右腕が蛇の如くうねり、倍以上に伸びる。

 その伸びた右腕は、正確にハーサの胴を貫いていた。


「ゴホッッ‥‥‥」

 ハーサの口から鮮血が溢れ出て、大地を赤く染める。


「‥‥‥ッ!!!!!!」

 ハーサの気合!!

 突然、閃光がほとばしった。

 使徒の右腕が切断され、赤く染まった大地に落ちる。

『まだ動くのか‥‥‥』

 使徒が驚きの声を溢す。

 人間であれば、明らかに致命傷。その状態で神速の剣技を繰り出すハーサ。

 それは。

「言っただろう?

 私は人間にあらず。あるじに創造された主の『腕』だとな」

 ハーサが胴に穴を開けながら、使徒に語る。

『フッ、面白いな』

 使徒が心から楽しそうにそう言う。

「ああ、そうだな。

 だが、決着はつけなければならない」

 この時が終わるのを惜しむようなハーサの言葉。

『さらばだ。

 魔女殺しの英雄よ』

 短く告げた使徒が三度、ハーサに迫る。

 だが、それは今までとは比較にもならない絶速。残像さえも目に映らない超高速の突撃。


「ああ、さらばだ。

 女神の使徒よ。

『龍刀』の真髄。受け取れッ!!

龍舞りゅうぶ其の一。

 絶技。"咆哮"《ほうこう》』!!!!」

 天を突くように構えられたハーサの愛刀が、音を、光を置き去りにするほどの神速で振り下ろされる。

 使徒の一撃と、ハーサの『龍舞』。そのタイミングはコンマ一ミリのズレもない。

『うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

「ハァァァァァァァァァ!!!!!」

 二人の叫びが響き渡る。


 勝負は一瞬であった。超高速の戦闘なのだから当然ではあるのだが、人ならざる二人が繰り出す絶技同士。それらは、拮抗すらもしなかった。


 土煙によって視界を奪われた戦場に立つのはただ一人。

 それこそが、『龍刀』のハーサであった。

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