第10話 旅人と世界呪の魔女

 そこは、暗闇に満ちた世界の果て。

 一つの城がそびえ立つそこは、『魔女の地』と呼ばれていた。


「‥‥‥ん?」

 漆黒の魔女の城。

 その最上階で、一人の少女が異変に気づいた。


 背後に気配。

 瞬時に、少女の周囲に軽く百を超えるであろう魔術構成が展開される。

 その全てが第七階位以上の上位魔術。

 触れただけで人間など灰も残らず消え失せるであろうそれらを、少女はなんの躊躇い《ためらい》もなく、平然と解き放つ。

 その膨大な魔力の行く先には、人影がひとつ。

 自らを消滅させんと迫る魔力を人影は平然と見つめる。

 そして、人影が消し飛ばされる寸前。

「‥‥‥防げ《ふせげ》」

 囁くようにそう呟いた。

 

 瞬間、世界が割れた。

 虚空に大きな亀裂が入る。その亀裂を大きくするように亀裂の向こう側から骨と皮ばかりの異形の手が現れる。

 手が延ばされ、少女の放った第七階位の上位魔術と正面からぶつかり、魔女の城を震撼させるような衝撃と暴風が室内を駆け巡った。

 まともに喰らえば大都市さえも一瞬で壊滅させる上位魔術百発。それの直撃を受けたものが原型を保っているはずもなく、その背後の人影も消え失せているはずだ。‥‥‥いや、


「いやぁ。物騒だね、イヴ。

 突然、第七階位とか。もし死んだらどうしてくれるんだい?」

 陽気な声で人影が少女――イヴに話しかける。

「世界にいちいちを開けるでない。旅人。

 次は‥‥‥殺すぞ?」

 イヴが少女とは思えない殺気に満ちた声で旅人に告げる。

 それさえも、旅人は笑いながらあしらう。

「いや~冗談はやめてよ。イヴ。

 いくら世界呪の魔女であっても『管理者』である以上、僕は殺せないでしょ?」

「ほぉ。ならば、試してみるか? 旅人。

 わらわとて世界最古の原初の魔女。

 貴様の命までとは言えないが、その右半身くらいなら消し飛ばしてみせるぞ?」

「いや、遠慮しておくよ。

 今日は、殺し合いに来たわけではないからね」

「‥‥‥ならば、なにをしに来たのだ」

 その魔女の言葉に旅人はわずかに沈黙。

 そして、話し出す。

「‥‥‥千年呪の魔女。

 彼女が、君のなのかい?」


 それを聞き、魔女は嗤う。


「ああ。あれが次の世界呪の魔女だ」


 世界の果て。魔女の地で、サナの運命が歪められていく。

 サナはそのことを知らない。知る由もなく、ただただ理不尽に運命は書き換えられる。


 すべては、この世界の『管理者』の思うがままに。




 世界の果てより遥か遠く。

 戦略同盟、中央都市。ハーサ・ハイク卿の邸宅。

 邸宅の主、ハーサは千年呪の魔女であるサナの言葉について考えていた。


「共に白嶺帝国の魔女討伐部隊を壊滅させませんか?」


 その言葉。偽りではないだろう。

 魔女であるサナが魔女討伐部隊を壊滅させることに不自然はないし、千年呪の魔女の力であれば壊滅など余裕だろう。

 ただ、それならば、我ら戦略同盟と潰し合わせてからでもいいはず‥‥‥

 つまり、真意が読めないのだ。

「何が目的なんだ‥‥‥」

そう独り呟いたとき。

「難しいことを考えるようになったじゃない」

どこからか、女の声がした。

それは、ハーサの知っている声。

柔らかな優しさを感じさせる声だ。

彼女を知らない者は、思いもしないだろうが、これは‥‥‥


「お久しぶりです。

強奪の魔女、フェーニ様」

世界最強の一角。強奪の大魔女、フェーニの声であった。


「いきなりいらっしゃるのはいかがなものかと。私の心臓に悪いものでやめていただきたいですね」

「ふっ。貴方が心臓に悪い、ねぇ。

面白いことを言うじゃないの。

あの冷酷な魔女殺しの兵器、ハーサ・ハイクともあろう者が」

 この方は、毎度これだ。

 出会ったあの頃から全く変わらない。

 普段はこのようなところに出てくる方ではないというのに。

「して、何用ですか。

大魔女級ともなれば、忙しいはずでは?」

「はぁ。すこしは休ませて。

私だって、まさか異界から飛んでくる羽目になるとは思ってなかったわよ」

異界‥‥‥。そんなところまで。

それは‥‥‥つまり。

「我が主の危惧されている通りでしたか」

「ええ。

たぶん、今回の教会も同じよ。

だから、あの子を助けなきゃね。

ハーサ、お願いできる?」


そういうことか。

魔女が正々堂々と介入するわけにもいかないと。

ならば、仕方あるまい。

「‥‥‥私にも立場があるのですがね。

まあ、我が主の頼みと同義ではありますし。

このハーサ、千年呪の魔女の援軍として教会と相対しましょう。

我が主より授けられた龍刀の腕前、披露するのは数百年ぶりですかな」

その言葉を聞き、フェーニは微かに肯く。


「頼んだわよ。

あの子は、魔女の希望。

‥‥‥大切な女神殺しなのだから」

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