第9話 龍刀
「‥‥‥暗いなぁ」
闇に沈んだ
屋敷の空気は淀んでおり、暖かみがなかった。
これほど広大な屋敷にも関わらず、人を見かけないどころか気配ひとつすらしない。
この大きさであれば、使用人がいなければやっていけないだろうに。
突然、背筋がゾッとした。
「‥‥‥ッ! 誰っ!?」
それは、絶対零度の殺気。
人ではなく、無機質な、機械を思わせるような殺意。
それでも、サナは『誰っ!?』と問うた。
その殺気が人によるものだと確信しているから。
同時に攻撃系魔術の構成を瞬時に構え、備える。
パチパチパチパチ‥‥‥
どこからともなく屋敷の中に、手を叩く音が響いてきて、同時に足音も同時に聞こえだす。
「いや、失礼した。
礼儀正しそうな男の声。その発音は良く、育ちの良さを物語っていた。
そして、闇の奥から一人の男が現れる。
金の糸で刺繍された高級そうな服を纏い、その腰に太刀を佩いた‥‥‥
「
『龍刀』のハーサ・ハイク卿ですね?」
サナの声には緊張が滲んでいる。
何せ、相手は魔女狩りで名を馳せた『龍刀』なのだから。
「ええ、私がハーサ・ハイクです。千年呪の魔女殿」
ハーサは、サナの警戒した様子を見て、困惑。一拍おいて、理解したようで表情を緩める。
「ああ。安心してください。
私は、魔女であれば誰でも斬る、などということはしませんので」
「それは‥‥‥どういうことですか?」
「おや、ご存知ないのですか?
私が斬るのは、"堕ちた"魔女だけですよ?」
困惑。サナが感じたのはそれだった。
魔女狩りとして、名を馳せるハーサ・ハイク卿が、魔女である自分を殺さないという。
さらに、殺すのは"堕ちた"魔女だけだとも。
そもそも、堕ちるとは、どういうことなのだろうか?
その疑問をハーサは、感じたのだろう。
「"堕ちる"の意味を聞いていないのかい?
あのフェーニが話さなかった‥‥‥
はぁ。私に話させるつもりなのか」
なんだか、ため息をついているハーサにサナが聞いたことのある名前について問う。
「‥‥‥フェーニって、あの、強奪の魔女ですか?」
「ん? あぁ。そうだよ。
強奪の名をもつ大魔女。
昔会って、斬ろうとしたけど触れることさえ出来なかったよ。
それから、全ての魔女を斬ることを諦めた」
「そうなんですか‥‥‥」
世界って狭いなぁ。
そう思うしかない話だった。
尤も、フェーニは長きに渡って生き延びているのだから、こういう偶然ばかりなのかもしれないが。
「それで、"堕ちた"魔女ってなんなんですか?」
逸れていた話を修正する。
ハーサも忘れかけていたようで。
「しまった‥‥‥。
また話題が逸れてしまっていたようです。
"堕ちる"とは俗に言う魔女になることではなく、その膨大な力に呑まれ、暴走したときのことを指します。
"堕ちた"魔女は正しく、厄災そのもので、国の一つや二つ、平然と焼き尽くすことができましょう。
私も二度ほど戦ったことがありますけど、勇者が二人は死んでいたいましたね。
完全に"堕ちる"前であれば、私でも単独で倒せることが多いのですが"堕ちきった"魔女を相手にするときは勇者級の実力者が五人は欲しいというのが本音です。
それが、"堕ちた"魔女です。
どうか、堕ちないでくださいよ。
知己を殺したくはないので」
「‥‥‥そ、そうですね。
別に堕ちる予定はありませんし、まあ、堕ちたときはハーサ卿が殺してくれますよね?」
「‥‥‥彼女と、フェーニと同じことを言わないでください。
貴方たちのような大魔女級が堕ちたら、人がどうにか出来るものではないんですから。
まあ、努力はしますけど」
ところで‥‥‥
『なぁ、サナよ。
本題を忘れてはいないか?』
沈黙を貫いていた悪魔がサナに指摘した。
「‥‥‥あっ。忘れてた」
まあ、無理もないだろう。全く知らなかったことを語られたのだから。
「あの‥‥‥教会の件なんですけど」
おそるおそるサナはそう切り出した。
「さて、そろそろ動く頃かな」
紺の外套を纏った旅人が闇の中にいた。
雨が外套を強く打ち、雷光が辺りを照らす。
その雨音で、他の音はほとんど聞こえず、時折の雷が目前の城を照らし出す。
旅人の前には漆黒の城。
そこは、この世界の王の城だ。
世界を恐怖に陥れる魔女の城。
「会いに行くか。世界呪の魔女に。
この世界の‥‥‥」
その声は雷と豪雨の音にかき消されて聞こえない。
ただ、雷光によって浮かび上がった旅人の顔には笑みが浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます