世界呪の魔女
千羽 一鷹
序章 過去の記憶
第1話 追憶 ~千年前の過ち~
魔女とは、世界に災厄と破滅をもたらす存在。たった一人の魔女がいれば、小さな国や都市の一つや二つくらい一晩のうちに滅ぶといわれ、事実、幾つもの都市が犠牲となってきた。それゆえにこの世界に暮らす人達は、何よりも魔女を恐れていたのだ。魔女を討伐するには、一国の軍と同等の戦力か、特別な訓練を積んだ「勇者」と呼ばれる精鋭が五人は必要と言われるほど。魔女は数百年の時を生きる。そして、長く生きた魔女の方が強いといわれていたのだった。
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ひとりの少女が、森の中を駆けている。長く伸ばした黒髪が風と戯れている。その口元にはやわらかな笑みが浮かび、心の底から幸せを感じているようだ。それは見ている者さえも幸せにしそうな笑顔。
その少女は、誰からも愛されていた。少女の住んでいる村は、王国の辺境にある小さな村だったが、それでも少女はこの村に生まれてよかった。と、心から思っていた。
少女は、森を駆け抜けたその勢いのまま教会にむかう。
王国の各地に置かれている教会だ。王国は、宗教に比較的うるさい国であり、国教以外を信仰してはならず、他の宗教を信仰していると「異端」と称され処刑されてしまうほど。それでも。
厳格だった教会内の雰囲気が、少女の入ってきた瞬間、わずかに弛緩した。
大人たちは、少女を見て頬を緩ませ、子供たちは少女のところへ駆け寄る。
そんな人気者の少女の瞳が揺れる。誰か、そう会いたい誰かを探すように。
そんな少女に。
「サナ。おはよう」
やさしい声がサナと呼ばれた少女に届く。
瞬間。
「‥‥‥‼
カケト!」
サナの笑顔が咲く。
聞こえた声は、サナの幼馴染である少年、カケトのもの。
「元気みたいだね。よかったよ。森は少し危険だからね」
サナのことを想った声。やさしさに満ちたその声。
それを聞いただけで、自らが大切に思われていることがよくわかる。
「大丈夫よ。森は、わたしの庭みたいなものだから」
「そうかい。でも、僕は不安だよ。君は、‥‥‥」
「どうしたの?」
突然の沈黙。でも、返答は明るいものだった。
「‥‥‥君は、危なっかしいから」
ニヤリと笑いながらそう言うカケトに、拗ねた風に装いながらも笑みを隠し。それでも隠しきれない笑みが現れていたが。
「そ、それ!どういうことよ!
わたしが、お転婆だっていうの⁉」
「ははは。そうとも言うね」
「もう。‥‥‥‥ふっふふふ‥‥」
そんな二人の仲の良さを見ている村の者たちは、もう慣れた様子で苦笑している。
この仲の良さは周知のものであるから、もはや、誰一人とてからかう気にもならなず、ほほえましく見守っているのだ。その光景がこの辺境の村の日常で、人々が楽しみにしていることであった。
しかし、この時代。平穏は続かないものであった。ともに笑い合った友が次の朝には冷たくなり
夜。美しき満月が天上に昇り、村人たちが寝静まる頃。
でも。その夜闇が、朱く、紅く、輝いていた。
「‥‥‥ん」
窓の外から聞こえる騒音と叫び声に、サナは目を覚ました。
そして、
「‥‥‥‥‥そ、そんな‥‥‥‥」
言葉を失った。
村は、紅く鮮やかな焔に蹂躙されていた。
慣れ親しんだ村のあちこちが、燃え盛っている。村人たちの悲鳴が不協和音となり響き渡っている。
「なんで、なんで‥‥。こんなことに‥‥‥‥」
そして、村の各所に火をつけて回っている人影を、サナは見つけた。
その者たちが、身に纏うは、紅に白の十字架の描かれた鎧。それは、王国の精鋭である異端処刑部隊の証である。その部隊がいる。それは、ただ一つの真実を示していた。
すなわち、この村は「異端」であるということを。
ガタン!!!
大きな音が下の階からした。
「‥‥‥ッ⁉」
賢いサナは、その音の意味を悟る。つまり、家の戸が破られた音だということ、そして自らの身に異端処刑部隊の手が迫っていることを。
階段を上ってくる足音、カチャカチャという鎧同士のぶつかる音。
そして、ドアが蹴破られる。
サナは、己の終わりを知った。
サナたち、村人は村の教会に連れていかれた。その中庭には、異端処刑用の十字架があった。それは、異端と判断された者を処刑する為のもの。そして、これからサナたちを殺すものだ。
異端処刑部隊が、一度異端と判断した事を覆す事はない。何故なら、彼らの判断は「神の声」であるとされているからだ。「神の声」が間違うことなどありえないから。
つまり、異端と判断される事は、直接、死を意味していた。
今、目の前で村長が処刑されている。
十字架に磔にされて、生きたままその身体を燃やされて。
次は村長の奥さんが。その次は、息子さんが。
凄まじい叫び声。怨嗟に満ちた言葉を最後に燃えていく。
よくしてくれたパン屋のおばさんも、教会の神父さんも。みんな、みんな殺されていく。
次に、処刑台に登らされようとしている人を見て、サナは喉が裂けるほどの大声を出す。
「お母さん!!」
優しかった母が、俯いて処刑台に登らせれていた。そしてその次には、厳しくも愛してくれた父が。
そのまま両親は燃やされた。涙は、流れて欲しかったのに、瞳は不思議と渇いていた。
その時、サナの中の何かがポキッと折れたような気がした。
その瞳から、感情が消え失せる。
親しかった大人たちと、最愛の両親が目の前で殺されたという事実に、サナは絶望する。
生きていく事が無意味に思えてくる。
でも、その思いは、十字架に磔にされようとしている少年の姿を見て消え去った。
そこには、カケトがいた。何ひとつ抵抗することなく、四肢に杭を打ち込まれていく。
凄まじいであろう痛みに顔を歪めるも、それは一瞬。
一見、諦めているような。でも、サナには分かっている。それが、演技であると。カケトという少年が誰よりも諦めない性格だと知っているから。
だが、カケトのそんな意思も呆気なく燃やされてしまう。その瞳に最期まで希望が輝いているのを見つける。
親しかった大人たちと両親。そして、最愛の少年の後は、サナの番だった。
このどうしようもない理不尽に、怒りが燃える。人を焼き尽くす炎よりも激しく。サナの心が憎しみに染まる。殺したい。誰よりもそう思う。生まれて初めて人を呪った。
でも、その思いは現実を変えられない。
カケトの希望が彼を助けられなかったように。
サナが、十字架の上に立たされる。四肢に杭が打ち込まれる。凄まじい激痛が、全身を侵した。
「‥‥‥‥!?」
その瞬間、声が聞こえたのだ。
『憎いか。家族と友を殺した者たちが憎いか?』
この世界の悪というものの結晶のような声。
それは、サナを哀れんでいるようでも、見下しているようでもあった。
『憎いのであれば、復讐するだけの力が欲しいのであれば。我の手をとれ』
その問いにサナは、うなずいた。
「ええ、私は奴らを殺したい。私から家族を、カケトを奪いとっていった奴らに復讐をしたい!」
これは、紛れもないサナの本心。今まで、一度も人を恨まなかった少女のはじめての憎しみ。
『ならば、殺せ。お前が魔女となっても奴らを殺したいのであれば』
魔女となる。それは、人として生きる事をやめ、他者から憎まれ、恐れられながら生きていくということである。
でも。サナは思った。
もう知り合いなどいない。愛した人たちがいないのだから、魔女に堕ちてもいいのではないかと。
その思考を読んだのか、声が嗤う。
『そうか。ならば、我と契約せよ。千年呪の魔女。全ては世界呪の魔女の名のもとに。』
その声、それに対してサナも嗤う。
「契約?何を言っているの?お前は私の道具。悪魔だろうがなんだろうが、私の復讐に従いなさい」
『ほう。面白いことをいうではないか。良いだろう。お前の復讐。我が助けよう』
そして、契約は成った。
低い声が、脳内に響く。
『さあ、我が魔女よ。復讐を』
それを合図に、俯き十字架に磔にされていたサナが、己を燃やさんとする騎士を見た。その瞳に灯るは復讐の炎。
「なっ‥‥‥⁉」
その瞳を覗き込んだ騎士が得体の知れない恐怖に縛られる。動きの止まった騎士たちをサナが嗤う。
「貴様らが、私の‥‥‥‥。それにしても他愛のない。もういいよ。
燃えよ!!!」
それが、死の宣告。
騎士たちの体が鎧ごと、漆黒の炎に包まれる。それは復讐の火。そして、騎士たちは、たちまち灰となり崩れ落ちる。
同時に焼け落ちた十字架からサナは解放される。
「これで、終わり?」
サナが、静かに呟く。
『いいや、まだだ。』
そして、声がサナを嗤う。
『あと、千年もあるではないか』
と。
「えっ?」
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遥か未来。
薄暗い洞窟。その最奥に居を構え、幾人もの「勇者」を屠ってきた魔女が、ゆっくりと目を開く。
その洞窟はかつて「王国」と呼ばれる小国があった一帯にある。
魔女がいう。
「最後の復讐を始めよう」
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