第3話 魔女の回想②
意識が、怒りに染まる。
力が、その憤怒よりあふれ出す。
魔女の力。魔女の使命。魔女の存在理由。
先刻、悪魔から聞いたすべてのことは、怒りに焼かれ,意識から消えた。
あとに残るは、猛烈な憎悪。それに、支配され、サナが叫ぶ。その声にありったけの恨みと、この世界に対する怒りを込めて。
「この場にて、貴様らを殺す!
『これよりは、千年呪の魔女が命ず。大地よ、怒れ。その怒りをもって、我が敵を噛み殺せ!』」
これが、呪文。魔女が、災厄を顕現させるための呪い。
呪文が唱えられた直後、サナと騎士たちの間の大地が盛り上がる。
サナの身体を、魔力で織られた黒い衣装が覆う。
盛り上がった大地に、禍々しい濃紫の複雑な魔法陣が浮かび上がる。サナが、パチンと指を鳴らす。瞬間、魔法陣がサナの左右の地表にも現れる。
‥‥‥そして。
「『喰らえ』」
サナの慈悲のない声が響いた。
刹那、三か所の魔法陣、その下の大地から岩石でできた竜が出現する。その胴は、蛇のよう、岩でできた鱗は全てを阻む。そして、水晶の如く澄んでいて、
大地より生まれた三頭の岩の竜は、騎士たちを噛み殺さんと跳びかかる。
騎士たちも、反撃を試みるが、その刃は、竜の鱗に傷のひとつさえ与えられず。その鎧は、竜の牙と爪により砕け散る。
騎士たちと竜の間にある圧倒的な力の差。
そのことを悟り、騎士たちの顔が絶望にすら染まる。
「くっ‥‥。勝てない。
あれが、魔女の力なのか。あんな化け物に勝てるわけが‥‥‥‥」
騎士たちのもらす絶望の声。
されど、そんな声に構うことなく竜たちは、騎士たちを屠り続ける。竜の牙によって、堅固なはずの鎧が、飴細工のように噛み砕かれる。
閉ざされた竜の口から、赤い血が噴き出す。
騎士たちは、圧倒的に竜の力の前に、ただただ蹂躙されていく。
そんな光景を前に、生き残っている騎士たちの心が、プライドが砕けた。
「「「「ヒ、ヒッ!」」」」
殺戮を続ける竜から、遠ざかろうと、ただひたすらに逃げ出していく。
逃げ出した騎士たちに、サナが怒りに満ちた声を放つ。
「貴様らは、逃げるのか?
みんなは、逃げ出したくてもできなかったのに。
そのみんなを殺した貴様らは、逃げがゆるされるのか?そんなはずがない。そんなことが、あっていいわけがない。
妾は、貴様らを決して逃さぬぞ!」
その怒りに呼応するかのように、竜たちが、逃げ出した騎士たちを追う。
その差は、みるみると縮まっていく。
そして、竜という捕食者が、獲物を捕らえた。
ひとり、またひとりと、逃げる騎士が減っていく。
騎士を捕らえた竜は、その牙で、騎士の頭を兜ごと噛み砕き、殺していく。殺しては、放り投げ、殺しては放り投げを繰り返す。
頭を潰された騎士たちから流れ出した血が、真紅の河となる。
死屍累々の地獄のなか漆黒の衣装を身に纏った少女が、一頭の竜の額に乗っている。それこそは、この世の地獄、そのひと場面。
そして、憎しみと絶望に支配されたサナの心を映したようでもあった。
ついに、最後の騎士が捕らえられる。
生きたまま、四肢を潰され、竜に咥えられてサナの前に放り投げられる。
騎士が、地に叩きつけられ血飛沫が高くとぶ。
想像を絶する痛みのなか、騎士がサナに問う。
「なぜ、なぜ貴様は、我らを憎むのだ。
我らは、異端の奴らを処刑しただけではないか。民を救った。
それなのに、なぜっ!?」
その言葉を聞いているうちにどうしようもない殺意と、どす黒い憎しみが今まで以上に湧き上がった。
なにを言っている?
異端を殺して、民を救った?
皆は、異端などではなかった。それなのに殺した。無実の民を、勝手に異端と決めつけ、残酷に処刑する。
それで、救った?
何もしていない民を殺しておいて、何を救ったというのか。それが、正義なのか。
否、そんなことが許されていいはずがない。皆の無念が、正義という言葉で表されていいわけがない。
そして、何より。
妾が、こいつらを許せるわけがない。
穏やかで、平穏な日々を。誰よりも大切な人たちを奪っていった奴らを、許していいはずがない!
「救った?
ふざけるな!貴様らは、妾から全てを奪っていった!
妾の人生の全てを!!
それを、救っただと!? 何をほざいている?
貴様らは、ただ奪っていっただけではないか!!」
その猛烈な怒りを察したのか、騎士が、ふるえ、命乞いを始める。
「お、王都に、つ、妻と娘がいるんだ!
まだ、生まれたばかりの娘が。
どうか、ゆ、許してくれ!!
頼む!
まだ、死ねないんだ!娘のためにも!
み、見逃してくれ!!!!
頼む!!」
醜い。
ただひたすらに醜かった。
己が命の為、家族を利用するとは。
「妾に命乞いをするよりも、先にやることがあるだろう!
貴様が、許しを乞うのは、妾ではなく、貴様に殺されていったものたちだろう!
今まで、貴様は、何人ころした?
数多の犠牲者たちにも、家族がいたはず。
で、貴様は見逃したことがあったのか?
ないだろう。命乞いも聞かず、殺していったのだからな。
そんな貴様が、許されるはずがなかろう!!!!!!!」
騎士が絶望する。
「そ、そんな‥‥‥‥‥」
「『大地よ。これよりは、千年呪の名において命ず。
この悪人に、その身にふさわしき裁きを。
四肢を射止められ、苦しみのなか、死ぬがいい!』」
サナが、呪文を唱える。
刹那、騎士の周囲の大地が動く。
重力に反して大地が、意思を持つかの如く騎士に襲いかかる。
そして、形作られるは十字架。
数多くの民を処刑してきた場で、己の最期を迎える。もちろん、苦しみながら。
四肢を貫かれ、磔とされた騎士は、申しますたすからないだろう。このまま放っておいてもやがて死ぬ。
が、その苦しみを見て喜ぶ趣味は、サナにはない。
「『燃えよ! 灰も残らぬように』」
サナが、騎士を燃やす。
業火に包まれ、死んでゆく騎士を傍見にサナが眺めるは、王都。
「妾の復讐は、まだ終わらぬぞ‥‥‥‥‥」
そう呟いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます