第4話 魔女の回想③

『それにしても、まさかこれほどの力とは。

我も予想しておらんかった。魔女の力をここまで使いこなすとは‥‥‥‥』

 悪魔が、感心したような、それでいて、どこか呆れたような声を上げる。

『それで。我が魔女よ。この後、どうするのだ?』

 その悪魔の問いに、サナは氷のような声で返す。感情さえ凍ってしまった、魔女に相応しい冷徹な声で。

「もちろん、復讐を。次は、この国に。

それこそが、妾が千年の代償と引き換えに得た力なのだから」

『そうか。

 それにしても、妾とはな。クックク‥‥‥‥。まあ、魔女らしくなった、ということかもしれないがな』

愉快そうにわらった悪魔に、サナが冷たく告げる。

「誤解するな。貴様は、妾の力でしかないのだからな」

『ほう。少しの間に、小娘が言うようになったではないか』

悪魔が、愉快そうに笑う。

 そして。

 その悪魔の声、その纏う気配が、殺意を纏った。

『魔女よ。

 ‥‥‥来るぞっ!』

サナが、その声と同時に空を仰ぐ。

見つめるは王都の方角。

わずかに、白い綿雲が浮かぶ青空。地上の地獄とは対照的なその空にあったのは、小さな黒点。それは、次第に大きくなっていく。

「あっ。あれは‥‥‥‥」

『ほぉ。千年呪よ、どうやら驚異とみなされたようだな。

 あれはな、砲弾だよ』

「ならば、あれが、王国の最終兵器ということか?

 それを妾に?」

 剛速で飛翔する鉄の塊が迫るなか、魔女は、嗤った。

「その程度で、魔女である妾に傷をつけられると思っているのか?

 それにしても、ここに飛ばせばこの村はおろか、仲間の死体も四散すると言うのに。

 それに、妾が村を傷つけることを許すわけがなかろう!

 『「千年呪」の名において、雄大なる大地に命ず。その地を穢さんとする鉄塊を。

その顎をもって喰らいつくせっ!』

 大地が脈動する。まるで、その呪文に呼応するかのように。その怒りに震えるように。

 そして、大地を割り龍が顕現する。

先程の竜とは違い、ずっしりとした胴を太い四肢が支えている。首は長く、その全てに堅固であろう鱗が生えている。

 その瞳には、迫りくる砲弾のみを映して。

龍が、咆哮する。その叫びは、遥か彼方まで響き渡り、その存在を世界に知らしめる。

 砲弾に向け、大地の龍は、牙を剥く。

全てはサナの、千年呪の魔女の命を遂行するために。

 そして、その時は訪れる。

迫る砲弾と大地の龍が、轟音と共に衝突する。世界が、空間が歪む。

 けれど、破滅は訪れない。

砲弾は、龍の顎に阻まれサナに届くことはなかった。

そして、サナは。いや、もうそこにいるのは優しく明るかった少女ではなくて。

 そこにいるのは、復讐に燃える魔女。そして、彼女は嗤う。

王国を、そして己自身を。

 そして、宣言する。どこまでも傲慢に、そして残酷に。

「妾の復讐は、終わらんぞ。王国よ。

 妾こそは、千年の代償を背負い、あらゆる復讐を成す魔女。

 さあ。滅ぶがいい。

 千年呪の魔女が定めよう。貴様らにもう生きる道はない! 己が生み出した復讐に焼かれるがいいッ!」


 そうしてここに、ひとりの魔女が、誕生した。それは、千年の呪いをその身に宿し、災厄を撒き散らす最凶の魔女。のちに数多の国家を滅亡させることになる伝説のひとり。


 これはその魔女の残酷で、すこし悲しい物語。


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る