第一部 悲しい魔女のお話

第1話 灼熱の王都

 王国の辺境、そこにある小さな村の跡地に魔女はいた。家族、知人を王国の異端処刑騎士団に惨殺され、それに対する復讐心から魔女となった少女、サナ。

彼女は嗤う。無実の者たちを殺し、それにより魔女を産んだ本末転倒の祖国、その愚かさを。そして、予告した。

 今日、王国は妾が滅ぼす、と。

「『妾の前に距離はない。万象秩序は妾の前に跪く。さあ、ことわりよ。妾に道を譲るがいい!妾こそが、千年呪っ!復讐の魔女であるのだから!』」

 そのサナの声に呼応したように、なにもない空間に漆黒の業火が燃え上がる。

黒き焔は、空間を焼き尽くす。まるで、空間というものが実体を持っていたかのように燃えていく。業火が、空間を焼き尽くした後に広がっているのは、ただの虚無。空間にぽっかりと穴が開いている。その穴の奥が虚無。何もないと分かる。そんな闇が広がっている。その闇にサナは足を踏み入れる。漆黒の虚空を踏み締める。

一言叫ぶ。その声に秘められるは、世界への果てしない怒り。

「『開けッ!!!!』」

 同時、虚無の世界に亀裂が入る。亀裂から漏れ出す光が暗闇を切り裂いていく。亀裂が増えて。パリンッ。

 空間が割れた。その先にあるのはサナの生まれ育った辺境の村にはない高い建物に、綺麗な服を着ている人々。そして、威厳あふれる豪華絢爛な宮殿。

 すなわち、王都だった。

 

 突然、王都の上空に出現した虚無の空間と、そこから現れた黒衣の少女に通行人たちは騒然となる。

 騒ぐ人々を見下ろして、黒い魔女衣装に身を包んだ千年呪の魔女、サナは冷徹に呟く。そこに混じるは、一握りの懺悔。

「人々よ。貴君らには何の恨みもない。故に。憎むなら妾と王侯貴族どもを恨めよ」

『ほう。我が魔女よ。まだ人間の心があるのだな。てっきり、そんなものは憎しみに焼かれたかと思っていたぞ』

「悪魔よ。妾をからかっているのか?」

『いいや。断じて違うとも。ああ、そんなわけがないだろう?

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥フッ』

「おい。今、妾を笑っただろう」

『まさかっ!そんなことをこの我がするわけないだろう』


 サナと悪魔がそんな会話をしている時。

王宮内部は大混乱に陥っていた。それはそうだろう。突然、世界の災厄の根源とも言われる魔女が王国の中枢である王都の上空に現れたのだから。

 

「ん?妾をあのような者たちで倒すつもりか?」

サナがそう言い見下ろす先にいるのは、数百人ほどの騎士たち。おそらくは、王都中から異端処刑騎士たちを集めたのだろう。もっとも、その程度の兵では魔女を殺すことはおろか、傷つけることさえできないだろうが。

「あの程度では、妾に触れることさえ出来ぬ。ならば‥‥‥‥‥そうか。足止めか」

『ふむ。そうだろうな。我が思うに、対魔戦略兵装の準備だろうな。あの王宮には、魔女殺しの聖槍があると聞いたことがあるからな。おそらくは、それだろう』

「対魔戦略兵装か。要するに、魔女とその眷属を殺すための兵器。勇者の持つ聖剣の量産型だろう?」

『うむ。我の記憶が正しければな』

「ならば」

ニヤリとサナが嗤う。

「時間稼ぎなどさせぬ。

『漆黒の業火は、復讐の火。防げるのであれば防いで見せよ!いまここに、千年呪が命ず。燃えよッッッ!!!!!』」

 そして、顕現したのは、空間を喰らう漆黒の炎。万象を焼き尽くす魔女の権能のひとつ。黒き炎が、まるで生きているように、今にも、騎士たちを燃やさんと、蠢いている。

「さあっ!死ねッ!!!!」

その号令に従って、炎が分裂する。数多に分裂した漆黒の炎は、細長い蛇のようにはなる。騎士ひとりに炎の蛇が一匹。

「なっ!バカなっ!まさか、我ら全員を捕捉しているとでもいうのか!?」

騎士からあがる驚愕の声。

『さすがだな。それにしても、魔女になりたてのお前が、これほどの魔術を使えるとはな。才能があるのだろう』

悪魔の称賛の通りだ。

 今ここにいる数百、下手をしたら千に届く程の騎士。その一人一人に照準を合わせ、それぞれに、黒炎の蛇をつけるなど、例え魔女であっても簡単なことではないのだが。

 そんなことを、魔女になったばかりのサナがする。それはすなわち、

『我が魔女よ。お前、魔女の才能があったのではないか?魔女になるべくして生まれたようなものではないか』

「それは、とんでもない皮肉だな。妾を魔女にさてしまったがために、この国は滅びるのだから」

「さて。もういいだろう。さあ、騎士どもよ、『生きたまま焼かれ死ねッ!』」

サナの命に従って黒炎の蛇が騎士たちに飛び掛かる。

「くっ。来るな!」

「近づけさせるなよっ!」

「魔女を殺すぞ!」

「ぎゃあぁああぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁ!!!!!」

「た、たすけ‥‥‥」

「しっ、死にたくなぃいぃぃゔぉおおぉぉぉぉ嫌だぁぁあぁぁぁぁあぁ!!!‥‥‥‥」

瞬く間に、王宮前は騎士たちの怒号と悲鳴、断末魔が響き渡る生き地獄と化す。

 そんな地獄を生み出したサナは、感情の感じられない声で、呟く。

「『出てきなさい』」

 直後、虚空から黒炎の蛇が十匹ほど現れる。ただそこにいるだけで、空間を焦がすような熱気を放つ災厄の蛇たち。

 それにサナが命じる。

「『この街を、王都を焼きなさい』」

微かにためらいの混ざる声。でも、そのためらいを押し殺して命ず。なぜなら、己の持つすべてを犠牲にしても、復讐を成すと決めたから。そこに、顔も知らぬ王都の民の命は関係ない。まさしく、それこそが魔女の傲慢。

『魔女らしくなったな』

そう呟く悪魔。

 その声を聞きながら、サナは、漆黒の炎に包まれて焼け落ちていく王都の惨状を一瞥して、王宮の方を向く。そこにいるはずの王に、届くはずのない声で囁いた。

「愚かなる王よ。玉座そこで待っていろ、妾が殺してやろう。

 この千年呪の魔女が、全権能をもってこの国を消し滅ぼしてくれよう」

それは、魔女の宣言、魔女の誓い。


 今ここに、王国の運命は確定した。避けられぬ滅びの道へと。 

 

 

 

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